
2ヶ月くらい前、今年の4月に中国人の友達が福岡に遊びにきました。
彼女はオーストラリアに住んでるんですけど、メールで「今度日本に旅行に行くんだけど、会える?」って連絡をくれて会う約束をしました。
せっかくだから福岡ならではの場所に連れて行ってあげたいなぁと思って、屋台に一緒に行きました。
この写真を見てください。これが屋台です。小さいお店がずらーっと並んでいるのが見えますか。ここ、昼間は何もないんですよ。
昼間行くとこの屋台はありません。ここはただの歩道です。
でも夜になるとこうやってたくさんの屋台を営業しています。
大体夜6時7時くらいから夜中の1時2時くらいまで営業しています。中はこんな風になってます。
ここに鉄板がありますね。ここでお店の人が料理します。
周りをグルーっと囲むようにカウンターがあって、その周りにお客さんが座ってますね。ここでご飯を食べたりお酒を飲んだりします。
これが友達と屋台に行ったときの写真なんですけど、この時は私も友達も梅酒を飲みました。梅酒というのは梅のお酒です。
屋台といったらやっぱりラーメン。あとは焼きラーメンも有名です。あと餃子とか焼き鳥とかおでんも定番のメニューですね。
私が友達と一緒に行った時も、餃子や焼き鳥やおでんを食べました。
福岡の中でも天神っていうエリアと中州っていうエリアに特にたくさん屋台が集まっていて、今現在、合わせて100軒くらいあるそうです。
昔は福岡以外にも屋台がたくさんあったらしいんですけど、今でもこれだけたくさんの屋台が残っているのは日本全国で福岡だけです。
なので屋台は福岡の観光スポットにもなっています。
地元の人だけじゃなくて、県外から来る観光客にもすごく人気があります。
久しぶりに屋台に行ったので「そうだ!屋台について動画で話そう」と思って屋台のことについて調べてました。
そしたら、福岡の屋台には実はいろんな歴史があったということを知りました。
地元の人にも観光客にも愛されている福岡の屋台ですが、実は過去に無くなりかけたことがあったんだそうです。
今からちょっと福岡の屋台の歴史について話したいと思います。
屋台みたいなスタイルのお店は元々は江戸時代からあったそうです。
でも屋台がすごく増えたのは戦後のことでした。1945年、第二次世界大戦が終わった後ですね。
戦後、戦争で仕事を無くしたり家族を亡くしたりしたたくさんの人たちが、生活のために、お金を稼ぐために、屋台を始めたんだそうです。
それで戦後屋台がすごく盛んになりました。
日本は戦争に負けましたよね。敗戦しました。当時、敗戦後の日本はGHQが占領してました。
GHQが、屋台は衛生的によくないから、汚いから、屋台は禁止、屋台を無くせって言ったんだそうです。
1950年までに屋台は廃止されることになりました。それで他の地域の屋台はほとんどなくなりました。
でも福岡では地元の人たちが「屋台を残したい」「屋台をなくしたくない」と言って国と交渉したそうです。
「屋台を続けさせてくれませんか?」って。
その交渉が実って、1955年に、じゃあ屋台営業していいですよっていう許可がおりたそうです。
なので全国的には屋台はなくなったんですが、唯一福岡にだけ屋台が残ったんですね。
その後も福岡では屋台がどんどんどんどん増えて、1965年頃、一番ピークの時には400軒以上あったそうです。
でもその後、屋台が増えすぎて、今度はいろんな問題が出てきました。
例えば屋台のせいで歩道が通れなかったり、料理に使った汚い水をそのまま流したり、騒音で、音や声がうるさくて、近所の人が迷惑したり。
そういう問題が出てきました。なので、今度は福岡の警察が、もうこれ以上屋台の新規参入は認めないと発表しました。
新規参入を認めないっていうのは、前から営業してる店はそのまま営業を続けていいけど、新規で、新しい屋台を作っちゃいけませんっていう意味です。
そして原則、基本的には一代限りっていうルールも定められました。一代限りというのは、例えば私が屋台をやってたとします。
本当だったら、私が辞めたら、私がおばあちゃんになってもう屋台できない、もう引退しようってなったら、
例えば私の息子が跡を継いでその屋台を続けます。私が辞めても別の人が継いで営業し続けます。
で、息子が辞めたらまたその子供が跡を継いでお店を続けるっていう風に、元々屋台はそうやって代々受け継がれていたんですね。
何代も。でも警察は、一代限りで終わりです、
今お店をやってる店主が辞めたらもうその屋台は終わりです、
別の人が後を継いで続けちゃダメです、というルールを決めました。
だから新しいお店は作っちゃいけないし、今の店主が辞めたらお店自体が潰れてしまうので、屋台の数は減っていく一方だったんですね。
どんどん減っていきました。元々400軒以上あった屋台が、2010年には150軒にまで減りました。
このままいくと近い将来、福岡の屋台は無くなるだろうと言われてました。
でも2011年に福岡市の市長が「福岡にしかないこの屋台の文化を残していこう。」という方針を発表しました。
ちゃんと屋台の周りに住んでる人たち、近隣住民の理解を得て、屋台を営業していきましょうって市長が言いました。
それで屋台に関するいろんな議論が始まったんですね。
話し合いをしてちゃんとルールを作って屋台を営業する環境を整えていきました。
屋台の数はどんどん減ってたんですが、2017年に新規参入が認められてまた少しずつ新しい屋台がオープンし始めました。
そうやって福岡の屋台文化は無事守られました。
私は地元の人間なのに、こんな歴史があったことは全然知らなかったので、面白いなぁと思いました。
そんな歴史のある屋台、福岡に遊びに来た時にはぜひぜひ行ってみてください。今日はこれでおしまい。またね!