
Your support helps me continue creating Japanese learning content. If you enjoy learning Japanese with Nihongo no Jikan, please consider supporting the project with a donation.
Amount (USD)
Already a monthly supporter?
Manage or cancel your subscription
You can also donate via Ko-fi or Patreon
今日の動画ではですね、最近日本で話題になっていたニュースの中から、私が気になったニュースを1つ取り上げて、皆さんに紹介したいと思います。
今回取り上げるニュースは、通称「袴田事件」として知られている事件です。
メディアによって、はかまだ事件って言っているものと、はかまた事件って言っているものとあったんですけど、
ちょっと今回の動画では「袴田事件」で統一したいと思います。
皆さん、袴田事件って聞いたことあるでしょうか?
この事件は、実は今からもう60年ほど前に起きた事件です。
なぜこの事件が日本で有名で、そしてどうして60年も経った今ニュースになっているかというと、実はこの事件は冤罪事件として知られているからなんですね。
冤罪事件です。
冤罪っていうのは、罪を犯していない人、無実の人が罪を着せられること、濡れ衣を着せられることです。
それを冤罪と言います。
この事件で犯人として逮捕された袴田巌さんという男性は、無実の罪で何十年もの間、刑務所で過ごしました。
そして、つい先日、58年という長い長い歳月を経て、ようやくこの方の無罪が確定したんです。
それで大きなニュースになっていました。
今日はその事件と裁判の概要について皆さんに紹介したいと思います。
下にこのニュースの記事とか、あと、ドキュメンタリー、ユーチューブにドキュメンタリーが上がっていたので、その動画へのリンクなどを載せておきます。
そこで実際の写真なども見ていただけると思うし、現在の袴田さんの様子なども見ていただけると思います。
この私の動画で、大まかな内容を理解していただいた上で、ネイティブ向けの記事とか動画を見たりしてみるのもいいんじゃないかなと思います。
なので、この動画を見た後、よかったら是非チェックしてみてください。
では始めます。
1966年6月30日午前2時、静岡県清水市で、味噌製造会社の専務、専務っていうのは、会長、社長みたいな会社の偉い人の役職の名前です。
味噌製造会社の専務宅が全焼するという火事が発生しました。
専務の家が全焼しました。
全部燃えてしまいました。
その火事の焼け跡からは4人の死体が発見されました。
その4人というのは、当時41歳だった専務、そして38歳の専務の妻、17歳の次女と14歳の長男でした。
長女は無事だったみたいですね。
4人の死体は刃物、包丁か何かの刃物で、めった刺しにされた状態で発見されました。
専務には15か所もの刺し傷があったそうです。
何者かが一家4人をめった刺しにして、お金を盗んで、そしてその後、家に火をつけた、放火したんですね。
この一家4人の強盗殺人事件が、今から58年前の1966年に起きました。
事件発生後、静岡県警、この事件があった静岡県の警察ですね。
静岡県警は、相当な数の警察官を動員して捜査を進めたんですけど、なかなか犯人の手がかりが掴めずにいたんですね。
犯人がなかなか見つかりませんでした。
警察は付近の住民とか会社の従業員に聞き込みをする中で、おそらく会社の関係者による犯行だろうと考えました。
会社の内部の人間がやったんだろうと考えたんですね。
そして、事件発生から約1か月半がたった8月18日、静岡県警は袴田巌という男を逮捕しました。
彼は被害者である専務の味噌製造会社の工場に勤務する従業員だったんですね。
しかも事件現場からすぐそばにある会社の寮に住み込みで働いていました。
警察はどうして袴田さんを逮捕したんでしょうか?
これらが主に袴田さんが犯人だと警察が断定した理由です。
まず、事件発生時のアリバイがなかった。
ま、事件が起きたのは夜中の2時ですから、おそらくほとんどの人が自宅で寝ていてアリバイはないですよね。
袴田さんにもアリバイがありませんでした。
そして、事件後に指を怪我していた。
それから、袴田さんの住んでいた寮から押収された、見つかったパジャマから、微量の血液とガソリンが検出された。
パジャマに血液とガソリンがついていたんですね。
これらを理由に袴田さんは逮捕されました。
ただ、実際にはこのどれも決定的な証拠とは言えないものでした。
アリバイがないからと言って犯人だとは限らないし、指の怪我もこの一家殺害時にした怪我だという証拠はない。
そしてパジャマに付いていたというこの血も誰の血かも分からない。
「この証拠があるから絶対この人が犯人だ」という決定的な証拠はないにもかかわらず、警察は袴田さんを犯人だと決めつけて、逮捕しました。
袴田さんを弁護する弁護団のホームページには、こんなことが書いてありました。
ちょっと引用すると、「従業員...」この味噌会社の従業員ですね。
「従業員は袴田さんを除いて皆、地元の出身。彼はよそ者でした。
また元プロボクサーであったことから、『ボクサー崩れ』とレッテル貼りされました。
つまり村社会の偏見から犯人に仕立て上げられたと言わざるを得ない状況でした。」
袴田さんは元プロボクサーだったんですけど、引退後にこの味噌工場で働き始めたんですね。
「〇〇崩れ」という言葉。
これは、昔は〇〇だった。
ボクサー崩れだったら、昔はボクサーだった。
でも今はもう辞めてしまって、落ちぶれてダメになってしまった。
そんな意味合いがあります。
〇〇崩れ。いい意味では使われません。
他には「ヤンキー崩れ」とかよく言ったりします。
基本的には人を悪く言う時に使う言葉ですね。
袴田さんは「あいつはどうせボクサー崩れだ」ってレッテルを貼られてた。
もうそういう風に決めつけて、そういう目で見られていた。
そして、村社会...これ60年前の日本の話ですから、特に田舎の方とかに行くと「村社会」といって、
すごく排他的というか、よそ者、他の所から来た人を寄せ付けない、排除するような雰囲気があったんですね。
今でも田舎に行けば行くほど、そういう雰囲気があるかもしれませんが、60年前は今以上にそういう雰囲気が強かったと思います。
そんな中で、よそ者、よその地域から来た袴田さんが犯人に仕立て上げられてしまったんじゃないか、
犯人としてでっち上げられてしまったんじゃないかということが書かれていました。
そういった偏見のもと逮捕された袴田さんには、連日長時間に渡る取り調べが行われました。
1日平均12時間、長い時には16時間以上、狭い取り調べ室に入れられて、拷問まがいの、拷問に近いような取り調べが行われていたそうです。
睡眠も十分に取れない、水も十分に与えてもらえない。この時、真夏ですからね。
真夏なのに水も十分に与えてもらえない。トイレにも行かせてもらえない。
そして時には暴力を振るわれたり、暴言を吐かれたり。
そんな拷問を受けて、精神的にも肉体的にも追い込まれていったそうです。
そしてその間、普通逮捕されたら、弁護士に会って弁護士と話をすることができますよね。
これ、接見と言います。
弁護士との接見。
でもこの間、袴田さんはほとんど弁護士との接見も許されなかったそうです。
袴田さんは「自分はやってません」ってずっと否認してたんですけど、無罪を主張してたんですけど、
取り調べが開始されて19日後に、ついに「自分がやった」と自白します。
でもこの自白は警察の拷問によって強要されたものだったんですね。
無理やり自白させられたんですね。
袴田さんは獄中で、刑務所の中で、家族に当ててたくさんの手紙を書いていたんですけど、
後に家族に宛てた手紙の中で「自分の命を守るために自白せざるを得なかった」という趣旨のことを書いています。
警察による拷問が連日繰り返される中で、最終的には自分がやったと言ってしまったんですね。
私、実際にこの取り調べの様子の音声の録音をユーチューブでちらっとだけ聞いたんですけど、本当に聞いていて辛くなりました。
もう連日「お前がやったんだ」「お前がやったんだ」って言われ続けて精神的に追い詰められると、
うん、正常な、こう...ちゃんとした思考ができなくなってしまうんだろうなと思って、聞いていてすごく怖くなりました。
無理やり強要されて「自分がやった」と言ってしまったことで、長い長い刑務所での生活がスタートします。
それから3か月後、その年の11月、静岡地裁、静岡地方裁判所ですね。
静岡地裁で、1回目の裁判が行われます。
1回目の裁判を第一審と言ったりもします。
取り調べでは自分がやったと自白した袴田さんなんですけど、第一審で無罪を主張しました。
あれは強要された自白だ、本当は自分はやってないと言って否認したんですね。
そして、それ以降はずっと一貫して無罪を主張しています。
袴田さんの有罪を主張する検察側と、袴田さんの無罪を主張する弁護側との間で裁判が行われました。
その翌年、1967年の8月、事件から1年以上が経った頃です。
まだ裁判中で、袴田さんの刑は確定していません。
有罪か無罪か、どういう刑を受けるのか、まだ決まっていません。
そんな1967年の8月。
突然、味噌工場の味噌が置いてある樽の中から、血の付いた衣類が5点、血痕が付いた服が5枚、発見されたんですね。
そして検察側はこれが袴田さんのものだと主張しました。
ま、当然ね、袴田さんはそれは否定するんですけど、最終的にはこの血の付いた衣類が決め手となって、袴田さんは死刑の判決を受けることになります。
国によっては死刑の制度がない国もあると思うんですけど、日本には死刑制度があります。
一番重い刑が死刑です。
袴田さんは一家4人を殺害したとして死刑を宣告されました。
これが1968年の9月のことでした。
事件から3年経ってます。
袴田さんは無実を主張していますから、当然この死刑判決を不服として控訴します。
難しい言葉がいっぱい出てきますよね。
不服というのは、不満です、納得いきませんっていうことですね。
そして控訴というこの言葉、ちょっとこれを解説するために、日本の裁判のシステムをちょっと紹介したいと思います。
日本の裁判所には5種類あります。
最高裁判所、高等裁判所、地方裁判所、家庭裁判所、簡易裁判所。
この5つです。
で、それぞれ扱われる裁判が違うんですね。
簡易裁判所では、交通ルールの違反とか、軽犯罪、軽い犯罪を扱います。
家庭裁判所では、少年事件、未成年が起こした事件とか、家庭内の揉め事。そういったことを扱います。
だから、離婚の裁判とかも家庭裁判所で行われます。
そして地方裁判所。
これは各都道府県に1つずつある裁判所で、ほとんどの大きな事件の第一審、1回目の裁判は、通常この地方裁判所で行われます。
さっき袴田さんは、この地方裁判所で、静岡地裁という静岡の地方裁判所で死刑の判決を受けました。
でも、これが不服です、死刑判決、納得いきませんということで、次、この1個上の高等裁判所でまた裁判してくださいと言うんですね。
これを控訴と言います。
1つ上の段階の裁判所で、もう一度裁判してくださいと訴えること。
これが控訴です。
そして、そこでの判決も不服の場合は、更に上の最高裁判所での裁判をお願いするんですね。
これを上告と言います。
はい。
控訴、上告は、更に上の段階の裁判所での裁判をお願いすること、訴えることです。
はい、で、ちらっと言ったように、袴田さんは静岡地方裁判所で受けた死刑の判決を不服として控訴しました。
でも、これが棄却されます。
ダメですって却下されるんですね。
控訴が棄却されました。
これがいつかというと、1976年の出来事です。
袴田さんが死刑判決を受けて控訴してから何年経ってますか?
8年経ってます。
これ、皆さんの国ではどうか分からないんですけど、日本の裁判は私は「長いなぁ」っていうイメージがあります。
本当にすごく長い戦いです。
はい。
控訴が棄却されたんですが、袴田さんの弁護団は、更に上の最高裁判所でじゃあ裁判してくださいと言って、上告するんですね。
上告したんですけど、これも1980年に棄却されます。
で、もう最高裁判所よりも上はないので、袴田さんの刑は確定。
もうこれで決まりですということで、1980年の12月に死刑が確定しました。
もう判決が決まってしまいました。
それ以降、たくさんの弁護士、家族、特に袴田さんのお姉さんがよくメディアにも出ているんですけど、はい、そして袴田さんを応援する支援者たち、
たくさんの支援者たちがみんなで「いや、これは冤罪だ」という主張をしてずっと戦い続けます。
先ほど、袴田さんが死刑判決を受ける決め手となったと言った味噌工場から発見された衣類5点、
血の付いた衣類なんですけど、弁護団はこれは捏造だと主張しました。
でっち上げだ。捏造だ。本物じゃない。警察が捏造したんだ。
袴田さんを犯人と決めつけて、彼を犯人に仕立て上げるために捏造したものだという風に主張しました。
支援者たちは冤罪を証明するためにある実験をしました。
その5点の衣類、警察は事件から1年以上経った後に味噌の中から発見されたと言ったんですね。
でも発見された当時のその衣類の色とか血痕、血の色とかを見ると、1年以上も味噌の中に浸かっていたとは思えない色だったんですね。
血が付いて1年以上も味噌の中に浸かっていたら、普通はまず血の色が赤じゃなくてもっと黒っぽくなるはず、黒くなるはずだし、
服自体の色もそんなに長期間味噌に浸かっていたら、もっと味噌の色が染み込んで濃くなるはずです。
でも、検察側が証拠として提出したその衣類の色は、とても1年以上も味噌に浸かっていたとは思えないぐらい、
1時間ぐらいしか経っていないような色だったんですね。
で、弁護士や支援者の人たちは、これは捏造だと言って、それを証明するために、実際に自分の血を服につけてそれを味噌の中に1年以上漬け込んでみて、
色を比べる、検察側が提出した袴田さんのものだとされている衣類と色を比べる。
こういう実験をしたりもしたそうです。
そうやって、いや、これは証拠にはならない、捏造だっていうことを証明しようとしたりもしました。
実はこの衣類には、おかしな点が他にも色々あったらしくて、例えばおそらくDNA鑑定とかをしたんだと思うんですが、
そのついていた血痕の血液型、A型B型O型AB型、その血液型が、被害者のものと一致していなかったりとか、
あとは普通、肌着を着て服を着ますよね。
中に肌着を着てますよね。
この状態で人を刺して、めった刺しにして返り血を浴びたら、普通は常識で考えて、服の方に濃く血痕が残るはずじゃないですか。
で、中に着ている肌着には薄く血痕が残るはずですよね。
この服よりも。
でも警察が提出した衣類は、服よりも肌着の方にむしろ多く血が付いていたらしいんです。
そういった矛盾点が色々あったんだそうです。
そういう矛盾点を指摘して、これは冤罪だ、自白は強要されたものだ、証拠も捏造されたものだっていう主張をし続けます。
そして、もう一度裁判してくださいと言って、再審を請求し続けます。
再審っていうのは、一度もうすでに判決が出て、刑が確定した後に、この判決は間違っているかもしれないということで、裁判のやり直しをすることです。
それを再審って言います。
袴田さんたちは再審を請求し続けました。
でも何度も棄却されるんですね、それも。
再審請求をして、棄却されて、また再審請求をして棄却されて...っていうことをずっと繰り返して、ようやく2011年の8月。
これ事件から何年経ってますか?
45年経ってますよね。
2011年の8月、静岡地方裁判所、静岡地裁が、この袴田さんの有罪を決定付ける証拠とされていた衣類5点の再鑑定をすると決定します。
もう1回ちゃんと鑑定しましょう、DNA鑑定とかしましょう、ちゃんと調べましょうという決定がされるんですね。
そして裁判官が、これ以上袴田さんを拘束しておくべきではない、
刑務所に拘束しておくべきではないと判断して、袴田さんの死刑は一旦停止されて、そして釈放されることになります。
ようやく刑務所から出られることになりました。
釈放されました。
この時、事件からすでに48年経っています。
事件当時、30歳、まだ若かった30歳だった袴田さんは、この時もう78歳になっていました。
30歳から78歳までの48年間を、無実の罪で刑務所で過ごしたんですね。
そして2024年の9月26日。今年ですね。今年の9月、ついに無罪の判決が出ました。
この時点ではまだ、無罪と言っても、検察側が「もう1回裁判してください」って上訴する可能性もあったんですけど、
つい先日、10月9日に、検察側がその上訴する権利、上訴権を放棄しました。
もう上訴しません、無実というこの判決で納得ですということで、それ以上の裁判を求めなかったので、これでようやく袴田さんの無罪が確定したんです。
これが袴田事件の裁判の概要です。
袴田さんは現在88歳です。
無罪が確定したと言っても、彼の58年は戻ってきませんね。
本当にもう、人生を奪われたようなものですよね。
そして、袴田さんが無罪なら、じゃあ真犯人は誰なんだって話ですよね。
それは結局58年経った今も分からないままです。
事件発生当時、警察は袴田さんを犯人と決めつけて、彼を犯人にでっち上げることに忙しくて、真犯人、本当の犯人を取り逃がしてしまったってことですよね。
この事件が起きた60年前とは違って、今はDNA鑑定みたいな科学捜査が行われるようになっていたり、そしてその鑑定の精度、正確さも上がっているだろうし、
ま、こういった冤罪事件というのは、昔と比べると減ってはいるんじゃないかなと思います。
昔はきっと、このように冤罪で無実が証明されないまま刑が執行されたというケースも今よりもあったんじゃないかな、もっとあったんじゃないかなって思います。
ただ、昔よりは減ってるとはいえ、きっとね、冤罪というのは今もどこかで起きているんだろうなと想像すると、本当に怖いですよね。
無罪が確定した後、袴田さんの無罪が確定した後も、袴田さんのお姉さんは、あの...何だろう...「これで終わりじゃない」と、
「弟の無罪が確定してこれで終わりじゃなくて、今も冤罪で苦しんでいる人たちを助けることに繋げていきたい」みたいなことをお話しされていました。
はい、今日は最近ニュースになっていた日本の有名な冤罪事件を紹介しました。
皆さんが日本のニュースを見たりする時の理解の助けになると嬉しいです。
で、最初の方でも言った通り、リンクを貼っておくので、よかったらドキュメンタリーも是非ご覧ください。
じゃあ今日はここまでです。
References: NHKの記事「袴田巌さん無罪確定へ 事件から58年 検察が控訴しない方針」 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241008/k10014604101000.html ANAnewsCH「でっち上げ~袴田事件 58年の叫び~再審判決 直前特集【テレメンタリー】」 https://www.youtube.com/watch?v=qzN5pNWORFc