
こんにちは、ちえこ先生。こんにちは。今日はよろしくお願いします。よろしくお願いします。
今日はですね、先生の出身地でもある浜松、静岡県の浜松市について話したいと思います。
はい、わかりました。はい。実はね、私も子供の頃浜松に住んでいたことがありまして。お聞きしてびっくりしました。すごいご縁ですよね。
すごい、本当すごいご縁ですね。なので色々懐かしい、ね、話を今日はしていけたらなと思います。よろしくお願いします。
こちらこそよろしくお願いします。
先生は生まれも育ちもずっと浜松だったんですか?そうなんですよ。
ずっと浜松でした。ご両親も元々の地元が浜松っていう感じですか。えーっとですね、母方は九州の鹿児島県だったんですね。そうですか。
そうなんです。ちょっと違うんですけど、はい。もう、あのしばらくなんか海外生活をしてるっていう風にお聞きしたので、
浜松を離れて結構経つんですか?そうですね、もうかなり経ってますね。
公式にはどのぐらいだろう…ちょっとわからないんですけど、最後に住んでいたのは2001年かな。
2001年までちょっと住んでた時期がありまして、その後は浜松には住んでないですね。じゃあもう20年以上。
はい。あの今は旅行に帰る感じ。旅行っていうか一時帰国で帰る感じですかね。
やっぱり日本に帰国したら帰る場所は浜松?そうですね、まだ家族がいますので。
お子さんの時にゆき先生いらっしゃったと言うから、あれですか、潮干狩りとかしたことありますか。
行きました、うん。行きました行きました。今言われて思い出した。
そう、まずなんかその子供の時のすごく楽しかった思い出って言うと、そのアサリをね、貝を獲ってね…
っていうそういう行事…行事っていうのか、そういうことをしましたよね。夏になるとね。
あれは浜松ならではのことだったんですかね?
えっと…そうでもないかもしれないけど、そのなんていうのかな、浜が、潮が引いて…あのなんて言うんですかね、
貝を獲りやすくなるっていう、そういう場所があるところ。
浜の水がなくなっちゃうようなところがあるところは獲れると思うんですけど。
でもあそこ本当に特別な、ね、場所ですよね。すごいいっぱい子供たちが来てみんなで獲ってた記憶が今蘇ってきました。
そうですよね。あの…潮干狩りって言ったら1個思い出というかちょっとエピソードがあって。
潮干狩りに行った時に、多分私がまだ5歳とかぐらいの時だったと思うんですけど、
ここに、首にこんな大きいムカデが潮干狩り中に私に登ってきてここにいたっていう、全然潮干狩りと関係ないんですけど、それを今思い出しました。怖いですね。
ムカデって刺しますよね。うん、まあその時は何もなくてよかったですね。
うん、何もなかったんですけど、キャーってみんなで大騒ぎしたっていう思い出が。
「潮干狩り」って言うとそれを思い出します。忘れられない思い出ですね。そうですね。
私もあの、なんかそういうギャーっていう思い出なんですけど。浜松と関係ありませんが、自転車に乗ろうと思って、
ハンドルをこう持ったら、ちょうどこのハンドルのところに蜂が止まってたんですよ。私知らなくてぎゅって握っちゃったので、
蜂にとっても死活問題じゃないですか。だから蜂が刺してきたんですよ。で、私蜂がいることも知らないで握っちゃったから急に手の中が痛くなって、
本当にびっくりしたんですけど…っていうことがありました、浜松時代に。何も浜松と関係ないんですけど。
今そのムカデの話を聞いて、びっくりしたのを聞いて思い出しました。
浜松で起きた珍事件ですね。珍事件ですね。
大丈夫だったんですか、蜂に刺されて?あ、多分そんなに悪い蜂じゃなかったのかな。
毒がないというか、はい。痛かったですけどね。
浜松の話をしましょうか。浜松の話をしましょう。
そうですね。浜松って言ったら私はやっぱり浜松まつりの思い出がすごく強く残ってて。
ここでちょっと補足です。浜松まつりというのは毎年5月のゴールデンウィークに浜松で開催されるお祭りのことです。
地域の子どもの誕生を祝うお祭りなんですけど、写真を見てもらうと分かるように、昼間は大きい凧を揚げて
凧揚げ合戦を行ったり、夜には練りと言ってみんなで屋台を引いて歩いたりします。
そう。でも先生はあんまり行かなかった、住んでる当時行かなかった...。そうなんですよ。
見にはもちろん、浜辺のところで大凧まつりで、大凧をね、大きな凧を上げるお祭りなので、それを見に行くのは行ってたんですけど。
普通はね、町内あげてみんなで参加するんですよね。はい。そうですね。夜ね、練り歩いたり、山車を引いて回ったり。
それが、みんな浜松の人はその思い出がすごくあるはずなのに、私はそういうお家ではなかったので、
あまり祭りで盛り上がる家ではなかったので、祭りに参加した記憶がないんですよ。でもすごいですね、参加されたんですもんね。
参加してましたね、住んでた時は。あの、わかんない…私も大人になって浜松に住んでたら参加してなかったかもしれないけど。
でも子供の時だったので、小学生の時だったので、やっぱり1年に1回のなんか大きなイベントっていう感じで、
うん、なんかすごい特別な日っていう感じで。私はハッピを着てラッパ隊に入ってたので、ラッパを吹きながら夜練り歩いて。
そう、それがすごい楽しかったですね。祭りの前になると毎週みんなで公民館とかに集まって子供たちラッパの練習をするんですよね。
1年に1回だけゴールデンウィークにあるんですけどね、なんかいろんなことが許されるというか。
例えば化粧したり。小学生だったけど、その祭りの時だけお化粧したり派手な髪型をしたりして、夜ね、お友達とラッパ吹きながら外に出て…っていうことも
普段ないじゃないですか。夜遅くなりますもんね。そうです。で、終わったらなんか子供たちにはお菓子をくれるんですよね。
うん、お疲れ様って言って。なんかそういう特別な、その祭りの時期だけできる特別なことがあったから、すごい思い出に残ってます。そうですか。
なんか私は祭り自体には参加しなかったけども、やっぱりその、なんていうのかな。盛り上がりっていうかね、
みんな「祭りまであと何日!」みたいの言ったりしてカウントダウンが始まって、そして祭りが終わると「祭りまで360日!」みたいな。
浜松祭りが3日間だったのかな。だから365から3を引いた数なので、だから362なのかな。
362日からまたカウントダウンが始まるっていうそのみんなの盛り上がりようがすごかったですね。
大好きでしたね。みんなお祭りがね。そうですね。すごい盛り上がってましたね。
浜松から九州に戻ってきてからもう25年ぐらい経つのかな。けど今だに母とか姉と浜松の話になると、祭りの時期にまた行きたいねっていう話をしてます。
そうですよね。あの、住んでる人にとってはね、まあ大人にとってはね、あの凧を作るの結構大変なんですよね。
自分の家に孫ができると作るのにお金を払わなきゃいけないから。
あ、そうなんですね。当時の…今いくらかかるか知りませんけど、私が聞いたのは多分2~30年前かな。
でも100万円とかかかる…そう、高いんですよ。あの凧自体だけじゃないのかもしれないけど、まわってもらってお酒を振る舞ったりとかね。
そういうことすべてがお金がかかるから、出す方も大変なんですよ。それは大変ですね、大人は。
子供はね、お菓子もらって…子供はそんなこと知らないから楽しいんですけど。そんな裏事情は知らなかった。裏事情があるんですよ。
そうなんですね、じゃああの凧っていうのは、生まれた子供1人につき1個凧があるっていうことですか?
えっと、そうなんですよね。でも一番あの、なんていうのかな。一番伝統的には初孫にするので。
自分の孫の中で一番最初に生まれた子供のために、凧のデザインは町内の、町の名前のデザインなんですけど、
ここら辺の端っこのところにそのお孫さんの名前が入ってるんですね、全部。
だけど本当に祭りが好きな人は初孫じゃなくてもどんどんやっちゃうんですよね。だから何回も何回もしたりとかするんですよ。
あ、そんなのは全然私知りませんでした。もうなんかただその雰囲気を楽しんでるだけで。
祭りが何の意味…。そうですよね。元々の祭りの由来とか、どういう意味があって凧揚げてるのかとかも何にも知らなかったです。そうだったんですね。
で、あれ喧嘩凧なので、その大きな凧を揚げて。町内で。そしてあの凧の糸のところに何でしょうね…ダイヤモンドの粉とかをつけて戦いやすくして、
お互いの糸と糸をこう擦り合って負けた方が落ちるんですよ。だからあんな大きな凧を落とすんですよね。
そういう喧嘩凧の祭りなんです。そうなんですね。
あの、実際もう祭りに行ったら出店とかがいっぱいあるじゃないですか。ありますね。そっちの方に友達とみんなで行って、凧は正直全然見てなかったです。
あ〜そうですよね。夜のね、そっちのみんなでこう回る…練り歩くっていうのはするけど、凧は会場が違いますからね。
海の方、浜の方でするから。大人の男の人たちがなんかしてるようなイメージでしたね。そうですね。それは初めて知りました。
そう、有紀先生ご存知か知らないんだけど、私子供の時は多分そういうイベントをしなかったと思うんですが、
同じあの、ね、凧揚げが行われる会場のあそこの浜で、ウミガメの出産が見られるっていう、
今はそういうものもあるんですよ。ウミガメの産卵っていうのかな。卵を産むところが見られるっていうそういう場所があるので。
そしてそのためのサンクチュアリみたいなのも作られていて。だいたい夜なんですよね。
だから夜中に行って、そしてウミガメが卵を産むところをね、そーっと見守るんですね。
近くに行かないでね、そーっと見守るっていうそういうあの、なんて言うんでしょうね、行事みたいなものもね、あるんですね。
中田島砂丘(凧揚げが行われる場所)でできるみたいですよ。先生は行かれたことあるんですか?いえ。
あのね、私は聞いたことだけあって、ちょっと知ってる人がその活動に関わってたらしくて、その友達が行ったことがあるって言っていたんですけど。
すごく感動的らしいです。なかなか見られないですよね。
はい、そして難しいんですよね。その小さな亀たちが生まれて卵からかえって、そして海に帰っていく時に、タイヤの轍の跡があると、
そこを超えられないカメもいるんですって。あそこの浜ってジープとか走ることができるので、たまたまカメさんが海に戻っていくルートに、
そのタイヤの跡があると、カメが乗り越えられないっていうね。そういう大変なことがあるんですって。
だからそれを気をつけてあげないといけないらしいです。
それは知らなかった。そうですよね。
浜松もいろいろなイベントを見つけてどんどん発展しているのかもしれないですよね。私も子供の時は知らなかったんで。
そういうことが行われてるっていうの。今は人が見守ってなるべくちゃんと海に帰って行けるようにっていうことを見守りながらやってるみたいですね。
あと浜松って言ったらやっぱりあの全国的に有名なのはうなぎかなと思うんですけど。そうですね。
浜名湖のね、うなぎ。そうですね。先生もよくうなぎは食べてました?浜松に住んでた頃。
食べてたと思うんですよ。あのなんだろう。子供の頃は特に、まあでもやっぱりちょっとハレの日というか、
その何かお祝い事とかちょっと高級なものを食べたいっていう時にうなぎとか、あと土用の日は食べるとかか。そうですね、もうすぐですね。
あ、そうなんですね。私ごめんなさい日がわかってないんですけど。確か今月の末の方だったと思います。
だから夏バテが気になるような暑い時でしたよね、確かね。
そうですそうです。そう、で、その時期にはうなぎを食べるとか。
ちょっとした…人が来た時にうなぎを出すとかね。そういう感じでは食べてましたね。
そうですね。ちょっと特別な時に食べる感じでしたよね。そうですね、やっぱり高級なイメージですね。うちもそうでした。
あとうなぎって言ったらうなぎパイっていうお菓子もありましたよね。私大好きなんです。
あ、本当ですか。浜松のお土産と言ったらうなぎパイって感じですもんね。
そうですね、でもなんかあの、私は本当にあの味が大好きなんですけど、国によってね、あの味ダメみたいで。
で、私、(あ、そうですか)そうなんですよ。もう自信を持ってマレーシアのお土産に持って行ったんですけど、
あの、マレーシアで友達に「あれは今度は持ってこないで」って言われたことが…。ちょっと歯につく感じの食感なので、
多分それがいけなかったのかなとも思うんですけど。パサパサするような…。そうですね、そんな感じなんですかね。だけど本当にがっかりでした。
すごいはっきり言うんですね、そのお友達も。そうなんですよ、マレーシアの人って。
何だろう。あんまり遠慮せずに言ってくれるから、逆にこちらも同じように接することができるから楽ですね。
うなぎパイは春華堂さんっていうところが作ってるんですが、工場がね、見学することができるんですよ。
はい。作ってる工程自体はそんなに大したことないっていうか、まあそんなに難しくないんですが、でもそこに行くと、
その、うなぎパイを作ってるとこがみることができて、それでうなぎパイもいろいろな種類を出しているので。はいはい、ありますね。
それを選んでね、買ったりとか。そしてグッズもあったりするんですよね。そのうなぎパイ関係の。
だからその工場に行くこと自体はとっても楽しいです。
工場は行ったことないですね。そうですよね。新しいものだと思います。それも新しく…いろいろ浜松もなんか頑張ってるんですね。
そうですね。人に来てもらったりするためにいろんなことをやってるみたいですね。
あともう1つ、これもね、子供頃はなかったのでご存知ないと思うんですけど、
浜松餃子って知ってます?聞いたことあります。あ、知ってます?うん聞いたことあります。
なんか昔はテレビとか見てても餃子といえば宇都宮のイメージだったけど、なんかある時から急に浜松が出てきましたよね。
あ、じゃあメディアで知ってるって事ですよね。うん、そうですそうです。実際私がいた時はまだ浜松餃子って有名じゃなかったと思うんですけど、
あの...そう、大人になってからメディアで、テレビとかで浜松餃子って言われてるのを見て。
そうなんですよね。あれ?浜松餃子有名だったっけ?って思った記憶があります。私もそう思ったんですよ。
あれ羽付きで輪のように作るんですよね。
こう餃子を真ん中に寄せて丸くして、そしてそこに…あ!周りにパリッとした…そう、パリッとしたものをつけるみたいな、そういう作り方みたいですね。
私食べたことないんですよ。なんかね、餃子って言ったら宇都宮っていうイメージでしたけどね。そうですよね。
それもね、やっぱり新しく発展してきたんですかね?っていう感じですね。
あと最近になって全国的に知られてる浜松のものと言ったら、さわやかのげんこつハンバーグですよね。そうですよ。
あれはお好きだったんですよね?大好きでした。子供の頃をよく食べてました。
さわやかっていうのは、見てる方に説明すると、ファミレスですよね。そうですね。
あれ静岡にしかないんですかね?そうです。はい静岡にしかないと思いますね。
だから、あの、ね、わざわざその例えば芸能人でそれを知ってる人たちが、わざわざ食べに来たりするから、それでね、有名になったんですよね。
最初は芸能人が、あの...ソーシャルメディアで言ったりして、それでなんか人気が出てきたみたいですよ。
美味しいんですよね。そう、げんこつハンバーグって言って、このげんこつの形の真ん丸のハンバーグを、
あれですよね、鉄板に乗せられてテーブルに運ばれてきて、店員さんが目の前で切ってくれるんですよね。
そうなんですよ。そうですよね。いやぁ〜美味しかった。
ソースも独特でね。そうでしたっけ。あの私自慢じゃないんですが、さわやかでアルバイトをしたことがあるので。
そうなんですよ。あの、若い頃にアルバイトをしたので、まかないがげんこつハンバーグなんですよね。いいですね。もう1つ小さなサイズもあるんですよ。
それでげんこつっていうのが大きい方で、もうちょっとちっちゃいサイズもあって、選べるんですけど。それがまかないだったので。
まかないっていうのはレストランで働く人が会社の方でランチを出してもらうっていうね、
その食べ物が売り物であるハンバーグを食べることができるっていうそういう役得があって。
いいですね。そのためにバイトする人もいそうですよね。そうですよ、まさに。私もそうかもしれません。
あの、バイトをしたのはそのためじゃないけど、多分続けたのはそのためかもしれないですね。何ヶ月かしてましたんで。
で、あのやっぱり、入ってて思ったんですが、その教育がね、社員教育がとてもできている、しっかりしているところだったっていう記憶があります。
だから続いてるんだろうなと思います。なんで全国展開しないんですかね。
何でですかね。こっちにもあったら絶対行くのに…と思いながら。そうですよね確かに。
でも多分どういうお考えでその作られた方がしてるのかはちょっと私もわからないけど、
静岡に行って食べられるっていうところもやっぱりちょっと大きいのかもしれないですね。確かにですね。
静岡じゃないと食べられないっていう特別感がありますよね。今何でも全国区になりがちですよね。そうですね。
だから多分そういうものを目指してなかったのかもしれないですね。
それに、あの、静岡県だけだから、多分その経営の人たち、経営されてる人たちが、
自分の目の届く数でね、支店の数でするっていう…それで味のコントロールとかもできてるのかも。確かに。
クオリティを保つためにっていうのもあるのかもしれないですね。はい、そう思いますね。
また食べたくなってきますね。うん、食べたいです。先生もしばらく食べてないんじゃないですか?
食べてないですね。もう3年以上食べてないですね。
もう浜松に帰った時は必ずさわやかに行くみたいな感じですか?必ず行きますね。
懐かしい。ね、懐かしいですね。
私は子供の頃に住んでただけなので、そういう結構もう全国でも知られてるような、何だろう…ベタなというか有名な浜松のものしかわからないんですけど、
なんか先生、地元の人ならではの、地元の人しか知らないような浜松の魅力って何かありますか?
あの昔から、浜松って言われてるんですけど、遠州弁っていうね、アクセント、あっなんていうのかな。
遠州弁っていう方言があるんですね。で、その中で一番言われてる言葉で「やらまいか」っていうのがあって。聞いたことあります?はい、ありますあります。
で、やらまいかっていうのは、やってみようじゃないか!みたいな感じの時に言うんですよね。
だから例えば何か新しいことが始まる、で、挑戦しなきゃいけないっていう時に、やらまいか!って言って、やってみようよ!って言ってやってみるっていうのが、
浜松の精神なんですよ。だから浜松からいろいろな産業が出てる。例えばヤマハとかスズキとかね。それからホンダとか。
あの有名なところがどんどん出てきてるのって、そのやらまいか精神から来てるんじゃないかっていう人が多い。
みんなそういう風に言って、あのなんていうのかな。冒険してみようとする、新しいことにチャレンジしようとするっていうか、
そういう精神を持ってるのが浜松の人の特徴だと言われてるんですよ。
私もそれに則って海外に行ってみたりとか、新しいことをろいろやったり、やらまいかの精神でやってきてるから、
ちょっと浜松はそういう人たちが育ちやすいのかなと思っています。いい話を聞きました。
なんか有紀先生と話してたら思い出しました。有紀先生もいろんなことにね、挑戦してるし、浜松の血を受け継いでるのかもしれない。
そうかもしれないですね。ちえ子先生今日はどうもありがとうございました。
こちらこそ。楽しかったです。ありがとうございました。
私も懐かしい話がいろいろできて楽しかったです。また次は別のトピックでいろいろお話しましょう。
はい、よろしくお願いします。じゃあまた。
じゃまたねバイバイ。
Chieko’s channel: https://www.youtube.com/@chienowajapanese1101