
35:21*唐辛子→唐茄子
こんにちは。
今日は坊っちゃんの第2章を読んでいきます。
前回第1章はどんなお話だったか覚えてますか?
第1章では、坊っちゃんの生い立ち、子供時代の話がまずあって、それから清という女性との思い出話があって、
最後は坊っちゃんが学校を卒業して、田舎の中学に先生として赴任するところで終わりましたね。
清との別れのシーンで終わりました。
今日はその続きを読んでいきます。
じゃあ早速始めます。
ぶうと言って汽船がとまると艀が岸を離れて漕ぎ寄せてきた。
艀っていうのは小舟のことです。
小さい船ですね。
坊っちゃんは大きな船に、汽船に乗ってこの町にやってきました。
で、その船からいきなり岸に降りるんじゃなくて、艀という小さな船が迎えに来て、乗り換えて、それで岸まで行くそうです。
艀が岸を離れて漕ぎ寄せてきた。
船頭は、船頭っていうのは、この艀を操縦している人ですね。
船頭は真っ裸に赤ふんどしをしめている。
野蛮なところだ。
都会からね、田舎に来たので、ちょっと野蛮だなと感じるところもあるみたいです。
最もこの暑さでは着物は着られまい。
こんな暑さでは着物は着られないんだろうな。
日が強いので水がやに光る。
いやに光る。
見つめていても目がくらむ。
事務員に聞いてみると、俺はここへ降りるのだそうだ。
見るところでは大森ぐらいな漁村だ。
大森というのは、おそらく坊っちゃんが知っている町の名前、村の名前なんでしょうね。
それと同じぐらいの規模の漁村だ。
人を馬鹿にしていらぁ。
人を馬鹿にしてるな。
こんなところに我慢ができるものか、と思ったが、仕方がない。
威勢よく、勢いよく一番に飛び込んだ。
続いて5、6人は乗った。
5、6人はその船に乗っただろう。
外に大きな箱を4つばかり積み込んで、赤ふんは、この赤いふんどしのね、船頭さんは、岸へ漕ぎ戻してきた。
陸へ着いた時もいの一番に、真っ先に飛び上がって、いきなり磯に立っていた鼻垂れ小僧をつらまえて、「中学校はどこだ?」と聞いた。
磯っていうのは港のことですね。そこに立ってた鼻垂れ小僧。
鼻水を垂らした男の子を捕まえて、「おい、中学校はどこだ?」と聞いた。
小僧はぼんやりして「知らんがの」と言った。
知らないよと言った。
気の利かぬ田舎者だ。
猫の額ほどな町内のくせに、中学校のありかも知らぬやつがあるものか。
猫の額ほどの、ま、つまり小さいと言いたいんですね。
こんな小さい町のくせに中学校がどこにあるかも知らないのか。
ところへ、そこへ、妙な筒っぽうを着た男が来て、「こっちへ来い」と言うからついて行ったら、港屋とかいう宿屋へ連れてきた。
筒っぽう、これは私も初めて聞いた言葉なんですが、着物の種類だそうです。
筒っぽうって呼ばれる着物があったんだそうです、当時。
宿屋は宿泊する施設。今でいう旅館とかホテルみたいなもののことですね。
やな女が声を揃えて「お上がりなさい」と言うので、上がるのが嫌になった。
上がるというのは、家とかに入る時に、上がると言う時があります。
「上がって上がって」って言ったら、「あ、どうぞどうぞ。家に入っていいよ。」っていう意味ですね。
人の家に入ることを人の家に上がるって言ったりします。
門口へ立ったなり、中学校を教えろと言ったら、中学校はこれから汽車で二里ばかり行かなくちゃいけないと聞いて、尚、尚更、上がるのが嫌になった。
二里とありますが、この里というのは距離の単位です。
昔の距離の単位です。
ちなみに一里が約4キロだそうです。
なので、8キロぐらい離れた場所に中学校があるんですね。
俺は筒っぽうを着た男から俺のかばんを2つ引きたくって、のそのそ歩き出した。
宿屋のものは変な顔をしていた。
引きたくる。
これは、まぁ、強く引っ張るように取り上げるってことですけど、これは今は一番よく使われるのは、何かカバンとかを盗まれる時ですね。
例えば、こう鞄を持って歩いていたら、後ろから自転車でひったくり犯が来て、シュッって一瞬でかばんを取っていく。
これ、ひったくりと言います。
ひったくりされたとか、ひったくりに遭ったと言います。
はい。
ま、ここではね、自分の鞄をひったくっているので、犯罪ではありませんが、こうやって取るイメージですね。
停車場はすぐ知れた。
これは駅のことでしたね。
切符もわけなく買った。
わけなく。
ま、ここでは問題なく買えたとか、なんなく買ったっていう意味だと思います。
乗り込んでみると、マッチ箱のような汽車だ。
ゴロゴロと5分ばかり動いたと思ったら、もう降りなければならない。道理で切符が安いと思った。
ああ、だから切符が安かったのか、道理で安いと思った。
たった三銭である。
それから車を雇って、車を雇う。
車を呼んでってことですかね。
多分、今で言うタクシーを呼ぶようなイメージだと思います。
車を雇って中学校へ来たら、もう放課後で誰もいない。
宿直はちょっと用足しに出たと小使が教えた。
宿直っていうのは、泊まりの当番の人のことです。
例えば、病院とかで働いている人は、交代で泊まってね、夜通し仕事をする人がいますよね。
はい、それを宿直と言います。
宿直の人は用事があって外に出てると小使が教えた。
小使っていうのは第1章にも出てきましたね。
今で言う学校の用務員さんみたいな人のことです。
ずいぶん気楽な宿直がいるものだ。
なんかこう、坊っちゃんはね、全部捻くれた見方をするというか...面白いですね。
校長でも訪ねようかと思ったが、草臥れたから車に乗って、宿屋へ連れて行けと車夫に言いつけた。
草臥れる。この漢字はちょっと見慣れないですけど、くたびれるという言葉自体はよく使われます。
疲れるという意味ですね。
車夫、ま、運転手さんのことだと思います。
はい。
車夫は威勢よく山城屋という家へ横づけにした。
横づけ。
車などを、建物のすぐ横にピッとつけることを横づけにするって言います。
山城屋とは、質屋の勘太郎の屋号と同じだから、ちょっと面白く思った。
勘太郎って第1章に出てきた人ですね。
なんだか2階の梯子段、階段のことでしょうね。
梯子段の下の暗い部屋へ案内した。
暑くていられやしない。
こんな部屋は嫌だと言ったら、生憎みんな塞がっておりますから、ごめんなさいと言いながら、かばんを放り出したまま出ていった。
仕方がないから部屋の中へ入って、汗をかいて我慢していた。
やがて湯に入れ、お風呂に入れと言うから、ザブリと飛び込んですぐ上がった。
帰りがけに覗いてみると、涼しそうな部屋がたくさん空いている。
失敬なやつだ。
失礼なやつだ。
嘘をつきゃあがった。
つきゃあがった。
「つきやがった」と言いますね。嘘をつきやがった。
嘘ついたな。
それから下女が膳を持ってきた。
下女というのは1章にも出てきました。
召使いのような、そういった雑用をする女性のことですね。
昔の言葉です。
膳というのは、簡単に言えばご飯のことです。
食事のことです。
この膳という言葉は、例えばお茶碗に入ったご飯を数える時は1杯2杯ではなく、普通1膳2膳3膳と数えます。
この膳です。
部屋は暑かったが、飯は下宿のよりもだいぶうまかった。
給仕をしながら下女が「どちらからおいでになりました?」と聞くから、「東京から来た」と答えた。
給仕をするっていうのは、食事を出すってことですね。
ま、今で言うウェイトレスとかウェイターのことを給仕係って言ったりします。
すると、「東京は良い所でございましょう」と言ったから「当たり前だ」と答えてやった。
すごく偉そうですね。
膳を下げた下女が台所へ行った時分、大きな笑い声が聞こえた。
くだらないから、バカバカしいから、すぐ寝たが、なかなか寝られない。
暑いばかりではない。
騒々しい。
うるさい。
下宿の5倍ぐらいやかましい。
やかましいもうるさいという意味です。
うとうとしたら清の夢を見た。
清が夢に出てきました。
清が越後の笹飴を笹ぐるみむしゃむしゃ食っている。
越後の笹飴って第1章で清がお土産に買ってきてほしいと言っていたものですね。
笹ぐるみ、笹ごとね、おそらく笹飴っていうのは笹に飴が入ってるんだと思うんですけど、その笹を剥かずに、笹ごとむしゃむしゃ食べていた。
「笹は毒だから、よしたらよかろう」と言うと、ね、「笹は体に良くないからやめなよ」と言うと
「いえ、この笹がお薬でございます」と言って、うまそうに食っている。
俺が呆れて大きな口を開いて、ハハハハと笑ったら目が覚めた。
下女が雨戸を開けている。
相変わらず空の底が突き抜けたような天気だ。
空の底が突き抜けたような天気。
これとっても面白い表現ですね。
どんな天気だと思いますか?
空の底が突き抜けたような天気。
私の想像では、「底がない」ですから、何にもない、雲1つない快晴、晴れの天気を言っているんじゃないかなと思います。
道中をしたら、旅行をしたらという意味だそうです。
茶代をやるものだと聞いていた。
茶代も今使わないですが、おそらく今で言うチップを渡すみたいなことだと思います。
茶代をやらないと粗末に取り扱われると聞いていた。
チップを渡さなかったら、丁寧に扱ってもらえないと聞いていた。
こんな狭くて暗い部屋へ押し込めるのも、茶代をやらないせいだろう。
坊っちゃんはチップを渡してないですから、だからこんな狭い部屋に、暗い部屋に押し込められたんだな。
そしてみすぼらしいなりをしてズックのかばんと毛繻子のコウモリを下げてるからだろう。
みすぼらしっていうのは、汚くて古くて貧乏そうみたいな、すごく悪い意味ですね。
服装と書いて「なり」という振り仮名がついていますが、今も服のことをね、身なりって言いますね。
例えば、身なりを整えるとか、身なりを正すとか。
あまり服装に構わない人のことを身なりを構わないって言ったりします。
毛繻子というのは、私も初めて聞いた言葉ですが、そういう織物の種類だそうです。
着物とかの生地の一種だそうです。
毛繻子でできたコウモリ。
コウモリというのはね、あの黒い生き物ですけど、傘のことを指しています、ここでは。
ね、傘ってコウモリにちょっと形が似ていますよね。
はい。
田舎者のくせに人を見くびったな。
人を見下してるな、とか人を甘く見たな、みたいな感じですね。
一番茶代をやって驚かしてやろう。
ま、一番というのは1位という意味の一番ではないと思います、ここでは。
ま、ちょっと茶代でもやって驚かしてやろう、みたいな感じですね。
俺はこれでも学資の余りを三十円ほど懐に入れて東京を出てきたのだ。
汽車と汽船の切符代と雑費を差し引いて、まだ十四円ほどある。
雑費っていうのはま、ちょっとしたいろんな細かい出費のことです。
みんなやったって、ね、十四円全部やったって、これからは学校で働いて月給をもらうんだから構わない。
田舎者はしみったれだから、しみったれ、ケチだから、五円もやれば驚いて目を回すに決まっている。
目を回す、びっくりするに決まっている。
どうするか見ろと、澄まして顔を洗って部屋へ帰って待ってると、夕べの下女が膳を持ってきた。
盆、お盆ね、ご飯をのせているお盆を持って給仕をしながら、やに、やけにニヤニヤ笑ってる。
失敬なやつだ。
失礼なやつだ。
顔の中をお祭りでも通りゃしまいし。
これもちょっとね面白い表現なんですが、おそらく坊っちゃんの言っているのは、下女が自分の顔を見てニヤニヤ笑ってる。
俺の顔をお祭りが通ってるわけでもないのに、何をニヤニヤ笑ってるんだ?っていうことを表現してるんだと思います。
これでもこの下女の面よりよっぽど上等だ。
飯を済ましてからにしようと思っていたが、癪に触ったから、ちょっと嫌な気持ちになったから、
中途で、途中で五円札を一枚出して、「後でこれを帳場へ持っていけ」と言ったら下女は変な顔をしていた。
帳場っていうのは、今あまり使わない言葉ですが、その宿の、宿泊施設のフロントというか、カウンターみたいな場所のことを昔は帳場と呼んでいたんだと思います。
お金の計算をする場所ですね。
お金の計算をして記録をつけることを「帳簿をつける」って言ったりします。その帳と同じ字なので、はい、それをする場所、帳場ですね。
それから飯を済ましてすぐ学校へ出かけた。
靴は磨いてなかった。
はい、次です。
学校は昨日車で乗り付けたから大概の見当は分かっている。
ま、大概の場所は分かっている。見当はつく。
四つ角を2、3度曲がったらすぐ門の前へ出た。
門から玄関までは御影石で敷き詰めてある。
御影石というのはこういう石のことです。
昨日、この敷石の上を車でガラガラと通った時は、むやみにぎょうさんな音がするので、少し弱った。
ぎょうさん。
すごく大きいとか、たくさんとか、大げさなという意味で、うーん...これは関西弁だと、今でもすごく一般的に使われてると思います。
よく大阪のお笑い芸人の人とかが「ぎょうさん」ってたくさんという意味で使ってるのをよく耳にしますね。
途中から小倉の制服を着た生徒にたくさんあったが、みんなこの門を入っていく。
これ小倉の制服、私もこれどういう意味かなと思って調べたんですけど、えっと、福岡県の北九州市というところに小倉という場所があります。
その小倉という場所で作られていた織物を使って作った制服が、当時よく着られれていたんでしょうね、おそらく。
それで小倉の制服と言っています。
ちなみに多分こういうの。
はい。
中には俺より背が高くて強そうなのがいる。
あんなやつを教えるのかと思ったら、何だか気味が悪くなった。
名刺を出したら校長室へ通した。
校長は、薄ひげのある色の黒い目の大きな狸のような男である。
嫌にもったいぶっていた。
もったいぶるっていうのは、実際にはそんな大したことじゃないのに、すごく重要なこととか、すごく深刻なこととか、すごいことのように、振る舞うこと。
もったいぶるって言いますね。
例えば、なんか実際には大した話じゃないのに「教えようかな。ああ、やっぱり言わない。」「あ、でも言おうかな。」
「ああ、やっぱ、うーん...どうしよう。」みたいな、なかなかこう、言わない人に、「もうもったいぶらないで教えてよ」って言ったりしますね。
「まあ、精出して勉強してくれ」と言って、恭しく大きな印の捺った辞令を渡した。
精を出すというのは、まぁ、「頑張って!」ってことですね。
頑張って勉強してくれと言って、恭しく。
恭しくっていうのは礼儀正しく。
はい、大きな印鑑のね、こうハンコが押された、おさったって書いてますけど、押されたと思ってもらったらいいです。
印鑑が押された辞令を渡した。
辞令っていうのは、新しい仕事に採用されたりとか、部署が変わってね、移動になったりとか、転勤になったりとか、
あとは昇進して役職が変わったりした時に、会社とか勤め先から辞令というのが交付されます。
なんか、「あなたは今度からこういうお仕事を任されますよ」という通知みたいなものです。
辞令。
はい。
この辞令は東京へ帰る時、丸めて海の中へ放り込んでしまった。
校長は「今に職員に紹介してやるから、いちいちその人にこの辞令を見せるんだと言って聞かした。」みんなに見せて回りなさいと。
余計な手数だ。
余計な手間だっていうことですね。
面倒くさいっていう感じですね。
あの、この手数という言葉、余計な手数だという使われ方は、私は聞いたことないんですが、手数という言葉自体はよく使います。
例えば誰か相手にちょっと面倒なことをお願いする時、ちょっと時間がかかったり、大変なことをお願いする時に、
「お手数ですが、よろしくお願いします。」とか「お手数をおかけします。」っていう風によく言いますね。
ま、そういう場面で「手数」という言葉は今もすごくよく使われます。
ただ、余計な手数だって、こういう使われ方をしているのを始めてみました。
そんな面倒なことをするより、この辞令を3日間職員室へ貼り付ける方がましだ。
教員が控え所へ揃うには、1時間目のラッパが鳴らなくてはならぬ。
控え所、控え室ですかね。先生たちが授業に行く前に待つ場所のことだと思います。
1時間目のラッパ。
今は学校では1時間目とか、授業が始まる合図の音楽とかが流れるんですけど、
ま、この時代は、この学校では、1時間目が始まりますよっていう合図としてラッパを吹いていたんでしょうね。
だいぶ時間がある。
校長は時計を出してみて、「追々ゆるりと話すつもりだが、まず大体のことを飲み込んでおいてもらおう」と言って、
それから教育の精神について長いお談義を聞かした。
はい、だいたいのことをちょっと理解しておいてもらおうって言って、教育精神について談義、色々こう話を聞かせたんですね。
俺は無論、もちろん、いい加減に、適当に聞いていたが、途中から「これは飛んだところへ来た」と思った。
飛んだところ、大変なところへ来た。
校長の言うようにはとてもできない。
俺みたような、俺みたいな無鉄砲なものを捕まえて、生徒の模範になれの、一校の師表と仰がれなくてはいかんの、
学問以外に個人の徳化を及ぼさなくては教育者になれないのと、むやみに法外な注文をする。
ちょっと難しい言葉がいくつか出てきましたが、ま、簡単に言うと、生徒のね、お手本になって、
生徒に尊敬されていい影響を与えられるようにならないと、教育者にはなれない。
だから、そういうみんなに尊敬されて、みんなのお手本になるような行動をするんだぞという話を、校長に延々とされたんですね。
法外な、ま、文字通り、法律から外れる。
「不法な」という意味もありますけど、ここでは法律ということよりも、できない、難しい、できないような注文をしてくる、という意味で使われています。
そんな偉い人が月給たったの四十円で遥々こんな田舎へ来るもんか。
人間は大概似たもんだ。
腹が立てば喧嘩の1つぐらいは誰でもするだろうと思っていたが、この様子じゃ滅多に口も利けない。
散歩もできない。
そんな難しい役なら、雇う前にこれこれだと話すがいい。
俺は嘘をつくのが嫌いだから仕方がない。
騙されて来たのだと諦めて、思い切りよく、思い切って、ここで断って帰っちまおう。
帰っちゃおうと思った。
宿屋へ五円やったから、財布の中には九円某しかない。
九円ぐらいしかない。
九円じゃ東京までは帰れない。
茶代なんかやらなければよかった。
惜しいことをした。
しかし九円だってどうかならないことはない。
旅費は足りなくっても、嘘をつくよりましだと思って、到底あなたのおっしゃる通りにはできません、
この辞令は返します、と言ったら、校長は狸のような目をぱちつかせて、俺の顔を見ていた。
やがて「今のはただ希望である。あなたが希望通りにできないのは、よく知っているから心配しなくてもいい。」と言いながら笑った。
そのくらいよく知ってるなら、初めから脅さなければいいのに。
脅すっていうのは怖がらせるという意味ですね。
そうこうするうちにラッパが鳴った。
教場の方が急にガヤガヤする。
教場、これはおそらく今でいう教室のことですね。
教える場所ですから。
急にうるさくなった。
もう教員も控え所へ揃いましたろうと言うから、校長について教員控え所へ入った。
広い細長い部屋の周囲に机を並べて、みんな腰をかけている。
俺が入ったのを見て、みんな申し合わせたように、俺の顔を見た。
申し合わせたようにっていうのは、みんなで打ち合わせして事前に決めていたかのように、みんな一斉に俺の顔を見た。
見せ物じゃあるまいし。
それから申し付けられた通り、校長から言われた通り、一人一人の前へ行って事例を出して挨拶をした。
大概は椅子を離れて腰をかがめるばかりであったが、ほとんどの人は椅子を離れて、こう腰をかがめるだけだったが、
念の入ったのは、丁寧にする人は、差し出した辞令を受け取って一応拝見をし、それを恭しく返却した。
丁寧にね、礼儀正しく返却した。
まるで宮芝居の真似だ。
宮芝居、この宮というのは神社のことです。
ま、神社で行われていたお芝居みたいなのが、昔はあったんでしょうかね。
そんなのの真似ごとのようだ。
15人目に体操の教師へと回ってきた時には、同じことを何返もやるので少々じれったくなった。
じれったい。
「ああもう!」っていう感じですね。
向こうは一度で済む。
こっちは同じ所作を、同じ動きを15返、15回繰り返している。
少しは人の了見も察してみるがいい。
これは自然な表現にすると、「少しはこっちの身にもなってほしい」みたいな感じですかね。
挨拶をしたうちに教頭の某というのがいた。
なにがしっていうのは、教頭の〇〇というのがいた。
名前をはっきり覚えてない時にね、なにがしって使います。
これは文学士だそうだ。
文学の学士を持っているということですね。
文学士といえば大学の卒業生だから、偉い人なんだろう。
ま、今は大学を卒業するのって珍しいことじゃないですけど、当時は大学を卒業して学士を持っているって言ったら、すごいことだったんですね。
妙に女のような優しい声を出す人だった。
最も驚いたのは、この暑いのにフランネルのシャツを着ている。
フランネル。
フランネルのシャツ、こういうのですね。
ま、これも今は普通の服ですけど、普通に着られる服ですけど、ま、当時はまだ着物とかを着ている人もいた時代ですから、珍しかったんですね。
いくらか薄い地には相違なくても、ま、確かに少しは薄い生地だけど、暑いには決まってる。
文学士だけにご苦労千万ななりをしたもんだ。
すごい大変な服装をしているな。
しかもそれが赤シャツだから人を馬鹿にしている。
後から聞いたらこの男は、年が年中、1年中いっつもってことですね。
年が年中よりかは、私は年がら年中という言い方の方がよく使われると思います。
年が年中赤シャツを着るんだそうだ。
妙な病気があったものだ。
当人の説明では、赤は体に薬になるから衛生のためにわざわざあつらえるんだそうだが、いらざる心配だ。
あつらえるっていうのは、オーダーメイドで作るっていうことですね。
そんならついでに着物も袴も赤にすればいい。
それから英語の教師に古賀とかいう大変顔色の悪い男がいた。
大概顔の青い人は痩せてるもんだが、この男は青く膨れている。
顔は青いくせに太っている。
昔、小学校へ行く時分、浅井の民さんという子が同級生にあったが、いたが、この浅井の親父が、浅井さんのお父さんが、やはりこんな色艶だった。
浅井は百姓だから。
農業をしてる人ですね。お米を作ってる人お百姓さんと言います。
「百姓になるとあんな顔になるか?」と清に聞いてみたら、
「そうじゃありません。あの人は、うらなりの唐茄子ばかり食べるから青く膨れるんです」と教えてくれた。
うらなりの唐茄子も私は分からない言葉です。
調べてみます。
はい。
まず唐茄子っていうのは、かぼちゃの仲間だそうです。
で、うらなりっていうのは、実を取るのが遅くなって、こうね、蔓の先っぽの方にその実がつくことを、うらなりって言うんだそうです。
それ以来、青く膨れた人を見れば、必ずうらなりの唐辛子(唐茄子)を食った報いだと思う。
この英語の教師もうらなりばかり食ってるに違いない。
最もうらなりとは何のことか、今もって知らない。
坊っちゃんも分からないんですね。
清に聞いてみたことはあるが、清は笑って答えなかった。
多分、清も分からないんでしょうね。
大方清も知らないんだろう。
それから、俺と同じ数学の教師に堀田というのがいた。
これは逞ましい毬栗坊主で、叡山の悪僧と言うべき面構である。
毬栗坊主。
これが毬栗です。
こんな毬栗のような、髪をものすごく短くしてる。
バリカンでこう、剃ったような髪の毛のことを坊主って言いますけど。
はい、そんな、こんな頭の人のことをイガグリ坊主って言います。
叡山っていうのは京都にある地名です。
そこの悪いお坊さんみたいな顔をしている。
人が丁寧に辞令を見せたら見向きもせず、「やあ君が新任の人か。ちと遊びに来たまえ。あはははは。」と言った。
ちと、ちょっと。
ちょっと遊びに来たまえ。
何があはははだ。
そんな礼儀を心得ぬやつのところへ誰が遊びに行くものか。
俺はこの時からこの坊主に山嵐というあだ名をつけてやった。
はい。
なんで山嵐かというと、はい、これ、この動物、山嵐って言います。
これもね、似てますよね。
毬栗っぽいですよね。
漢学の先生はさすがに堅いものだ。漢学の漢っていうのはま漢字の漢ですけど、漢字もね、中国から伝わったものじゃないですか。
この漢というのは中国という意味があるので、中国に関する学問だったり中国の古い文章、漢文って言いますけど、そういうのを読むような学問のことだと思います。
漢学の先生はさすがに堅いものだ。
昨日お着きでさぞお疲れで、それでもう授業をお始めで、だいぶご励精で。
ご励精、頑張ってますねという意味ですかね。
と、のべつに弁じたのは愛嬌のあるおじいさんだ。
のべつにというのは、もう絶え間なく、ずっとっていう意味だそうです。
あ、昨日お着きでさぞお疲れで、もう授業をお始めで...っていう風に、もう続けざまにずっと話し続けたっていうことですね。
画学、ま、今で言う美術でしょうか。
画学の教師は全く芸人風だ。
ベラベラした透綾の羽織を着て、これも生地の種類ですね。
はい。
扇子をぱちつかせて、お国はどちらででげす?
昔、ま、今は国って言ったら、アメリカとか中国とかイギリスとかですけど、昔は故郷のことをお国って言ってました。
はい。
え?東京?
そりゃ嬉しい。お仲間ができて。
私もこれで江戸っ子ですと言った。
こんなのが江戸っ子なら、江戸には生まれたくないもんだと心中に考えた。
心の中で思った。
その他、一人一人についてこんなことを書けばいくらでもある。
しかし、際限がないからやめる。
際限がないというのは、キリがないから。
キリがないからやめる。
どうですか?ここまで読んで、坊っちゃんはどんな人ですかね。
すごくね、文句が多い人ですよね。
全てのことに対して文句を言っている。
不平不満を言っている。
なんでもね、ちょっと捻くれて受け取るような性格なのかなと思います。
でもすごい面白いですね。
挨拶が一通り済んだら、校長が「今日はもう引き取ってもいい」「もう帰っていい」
「もっとも授業上のことは、数学の主任と打ち合わせをしておいて、明後日から課業を始めてくれ」と言った。
課業、課された仕事、任された仕事ですね。
数学の主任は誰かと聞いてみたら、例の山嵐であった。
忌々しい。
腹立たしい。
こいつの下に働くのか、おやおや、と失望した。
山嵐は「おい、君どこに泊まってるか?山城屋か?うん、今に行って相談する」と言い残して、白墨を持って教場へ出ていった。
白墨って黒板に書くチョークですね。
チョークを持って教室に行った。
主任のくせに向こうから来て相談するなんて、不見識な男だ。
不見識。
あまり使わない言葉ですが、ま、見識がないということですから、考えのない人という意味ですね。
しかし、呼びつけるよりは関心だ。
呼びつける。
坊っちゃんに「いついつ、どこどこに来い」って言うよりはいい。
それから学校の門を出てすぐ宿へ帰ろうと思ったが、帰ったって仕方がないから、少し町を散歩してやろうと思って、むやみに足の向く方を歩き散らした。
歩き散らしたって面白い表現ですね。
ま、歩いて回ったということですね。足の向く方、足の向くままに気の向くままに歩いて回った。
はい。
県庁も見た。
古い全盛期の建築である。
兵営も見た。
兵営っていうのは、軍人の人たちが暮らす場所だそうです。
麻布。麻布は東京の地名ですね。
はい。
麻布の聯隊より立派でない。
軍隊、軍人の集まりですね。
大通りも見た。
神楽坂、これも東京の地名です。神楽坂を半分に狭くしたぐらいな道幅で、街並みはあれより落ちる。
神楽坂より劣る。
二十五万石の城下だって高の知れたものだ。
高の知れたものだ。
ま、大したことないという意味ですね。
はい、たかが知れてるってよく使う言葉ですね。
そんなのたかが知れてる。
どうせ大したことないんだろう。
そこまですごくないんだろうっていう感じです。
こんなところに住んでご城下、城下町っていうのはお城が、昔お城があった町のことです。
ご城下だなどと威張ってる人間はかわいそうなものだと考えながら来ると、いつしか山城屋の前に出た。
広いようでも狭いものだ。
これで大抵は見尽くしたのだろう。
帰って飯でも食おうと角口を入った。
帳場に座っていたかみさんが、その宿泊する場所の女将さん。
女将さんっていうと、例えば古い日本の料亭とか旅館とかで、そこのオーナーの奥さんのことをよく女将さんって言います。
俺の顔を見ると急に飛び出してきて、「お帰り」と板の間へ頭をつけた。
はい、床にこう頭をつけて「お帰りなさい」って。
靴を脱いで上がると、「お座敷が空きましたから」と、ま、お座敷って広い畳の部屋ですね、
が空きましたからと言って、下女が2階へ案内をした。
十五畳の表二階で大きな床の間がついている。
十五畳、畳15枚分の広いお部屋ですよ。
ね、広い和室で、表二階なので、二階の部屋ですね。
表通りに面した二階のお部屋で、しかも大きな床の間がついている。
床の間っていうのは畳のお部屋。
お座敷で、ちょっとね、こう少し上がった部分があるんですね。
そこを床の間って言います。
床の間までついている。
俺は生まれてからまだこんな立派な座敷へ入ったことはない。
この後いつ入れるか分からないから、洋服を脱いで浴衣一枚になって、座敷の真ん中へ大の字に寝てみた。
大の字ってどんなポーズが分かりますか。
両手と両足を広げて、こうやって寝ることを、大の字になるとか、大の字で寝ると言います。
手と足を開くと「大」っていう字に見えますよね。
なので大の字と言います。
他にも漢字を使った表現で、えっと、川の字で寝るっていう言葉もあります。
それは家族でね、お父さんとお母さんと、あと真ん中に子供が並んで寝ることを、川の字で寝るって言ったりします。
大の字に寝てみた。
いい心持ちである。
気持ちがいい。
昼食を食ってから早速清へ手紙を書いてやった。
俺は文章がまずい上に、文章が得意じゃない上に、字を知らないから、手紙を書くのが大嫌いだ。
またやるところもない。
書いても送る場所がない。
しかし清は心配しているだろう。
難船して、船が沈没したり何か事故に遭ったりして、死にやしないかなどと思っちゃ困るから、奮発して長いのを書いてやった。
坊っちゃんね、すごい、なんだろう?ちょっとこう、常に上から目線というか。
「書いてやった」とかさっきもなんかね面白いところがありましたよ。
ここ。
少し街を散歩してやろうと思って。
散歩してみようと思ってじゃなくて、散歩してやろうかって。
ちょっとね、偉そうなんですね。ちょっと上から目線です、常に。
でもそれなのに清に対してだけはね、ちょっと上から目線な言葉も使うんだけど、何て言うんだろう?なんかちょっとツンデレというか。
あの...ね、清が心配しちゃいけないから手紙を書いてあげようとか、清を、夢の中でまで清のことを考えたり。
ね、なんか坊っちゃんって、子供の頃、
お父さんやお母さんから悪く言われてばかりで学校でも怒られてばっかりで、それできっとちょっと捻くれた性格になってしまったのかなと思うんですけど。
だから、ね、この町に来てもずっと文句を言ってる。
不満ばっかり、悪いところばっかり探して不満を言ってるけれども、でもなんか合間合間で清に対する態度とか言葉に、
ちょっと素直な一面とか、純粋な一面とかが垣間見られて、なんか坊っちゃんかわいいですね。
だんだん坊っちゃんというキャラクターが可愛く見えてきました。
はい。
その文句はこうである。
ここで言う「文句」っていうのはま不満を言う文句ではなくて、その清に書いた手紙の「文言」はこんな内容だっていうことを言っています。
昨日着いた。
つまらんところだ。
十五畳の座敷に寝ている。
宿屋へ茶代を五円やった。
かみさんが頭を板の間へ擦り付けた。
夕べは寝られなかった。
清が笹飴を笹ごと食う夢を見た。
来年の夏は帰る。
今日学校へ行って、みんなにあだ名をつけてやった。
校長は狸。
教頭は赤シャツ。
英語の教師はうらなり。
数学は山嵐。
画学は野だいこ。
今に色々なことを書いてやる。
さようなら。
手紙を書いてしまったら、いい心持ちになって眠気がさしたから、最前のように座敷の真ん中へのびのびと大の字に寝た。
最前という言葉も、えっと私は使わない言葉ですが、さっきという意味だそうです。
今度は夢も何も見ないでぐっすり寝た。
「この部屋かい?」と大きな声がするので、目が覚めたら山嵐が入ってきた。
最前は失敬。
また出てきましたね。
さっきは失礼。
さっきは失礼しました。
「君の受け持ちは...」と、人が起き上がるや否や談判を開かれたので大いに狼狽した。
坊っちゃん、せっかくいい気持ちで眠っていたのに、突然やってきて、起き上がったかと思ったらすぐにその議論を始めた。
相談を始めたので、すごく慌てたと言っています。
受け持ちを聞いてみると別段難しいこともなさそうだから承知した。
このくらいのことなら明後日はおろか、明日から始めろと言ったって驚かない。
ここです。
授業上の打ち合わせが済んだら、「君はいつまでこんな宿屋にいるつもりでもあるまい。」いつまでもこんなとこにいるつもりじゃないだろう。
僕がいい下宿を周旋してやるから移りたまえ。
周旋って第1章にも出てきましたね。
聞き慣れない言葉ですが、斡旋する、紹介するみたいな意味です。
いい下宿を紹介してあげるから、そっちに移りなよ。
外のものでは承知しないが、僕が話せばすぐできる。
早い方がいいから、今日見て明日移って、明後日から学校へ行けば決まりがいい、と一人で飲み込んでいる。
飲み込むっていうのは、こう、ごっくんと飲み込む、ですよね。
でもここでは、一人で理解して納得しているという意味で使われています。
なるほど。
十五畳敷にいつまでもいるわけにも行くまい。
月給をみんな宿料に払っても追いつかないかもしれぬ。
お給料を全部宿泊費に使っても、それでもまだ足りないかもしれない。
追いつかないかもしれないというのは、そういう意味です。
五円の茶代を奮発してすぐ移るのはちと残念、ちょっと残念だけど、どうせ移るものなら早く引っ越して落ち着く方が便利だから、
そこのところはよろしく山嵐に頼むことにした。
すると山嵐は「ともかくも、一緒に来てみろ」と言うから、とにかく一緒に来てみろと言うから、行った。
街外れの丘の中腹にある家で、至極閑静だ。
とっても静か。
主人は骨董を売買するいか銀という男で、骨董っていうのは古い壺とか、そういうものですね。
女房は亭主よりも4つばかり年嵩の女だ。
奥さんは旦那さんより4つぐらい年嵩、これも聞き慣れない表現ですが、年上という意味だと思います。
中学校にいた時、ウィッチという言葉を習ったことがあるが、この女房はまさにウィッチに似ている。
ウィッチ、魔女ですね。
ウィッチだって人の女房だから構わない。
もし魔女だとしても、人の奥さんだし別にいいや。
とうとう明日から引き移ることにした。
引っ越してくることにした。
帰りに山嵐は通り町で氷水を一杯おごった。
学校で会った時はやに横風な失敬なやつだと思ったが、こんなに色々世話をしてくれるところを見ると、悪い男でもなさそうだ。
横風という言葉も私は聞いたことがないんですが、似た言葉で横柄という言葉があります。
それはよく使います。
横柄というのは、すごく偉そうな態度を取る、乱暴な態度をとる人のことを横柄と言いますね。
横柄な失礼なやつだと思ったけど、悪い男じゃなさそうだ。
ただ、俺と同じように、せっかちで癇癪もちらしい。
せっかちっていうのは、もういつも慌てていて、急いでいて、落ち着きがない人のことですね。
癇癪持ちは、すぐイライラする人のことです。
後で聞いたら、この男が一番生徒に人望があるのだそうだ。
人望がある人というのは、人からの信頼が厚い人ですね。
信頼されていて尊敬されているような人のことを、人望がある、人望が厚いと言います。
山嵐はいい人みたいですね。
はい、ここまでが第2章です。
今回も長かったですね。
最後まで見てくださった方がどれぐらいいるかわかりませんが、見てくださった方、ありがとうございます。
私は2章まで読んで、だんだん坊っちゃんという人に愛着が湧いてきました。
うん。
坊っちゃんのキャラクターに愛着が湧いてきましたね。
ま、これからね、この中学校で勤務しながら、今回色々あだ名をつけた先生たち、
それから生徒たちとどんな風に坊っちゃんが関係を築いていくのか、ちょっと楽しみになってきました。
今日はこれでおしまいです。
またね!