
23:47 *山嵐 → 赤シャツ 35:20 *山嵐 → 野田 57:33 *下等(げとう)→ 下等(かとう)
こんにちは。
今日は坊っちゃんの第6章を読んでいきます。
はい。
前回第5章の内容は覚えていますか。
5章では、坊っちゃんが、えっと赤シャツ、教頭先生と野田という、えー、なんか教頭先生にこうゴマをするような性格の先生と一緒に釣りに行きましたね。
で、一緒に釣りに行ったんですけど、そこで、その二人が赤シャツと野田が、あの坊っちゃんが唯一まぁ同僚の先生たちの中でちょっと仲良くなった、
あの、ちょっと気が合うなと思っている、山嵐のことを二人が噂している、そんな場面で終わりました。
はい。続きを読んでいきます。
野田は大嫌いだ。
こんなやつは沢庵石をつけて海の底へ沈めてしまう方が日本のためだ。
赤シャツは声が気に食わない。
あれは持ち前の声をわざと気取ってあんな優しいように見せてるんだろう。
いくら気取ったって、あの面じゃだめだ。
惚れるものがあったってマドンナぐらいなものだ。
えー、マドンナっていう人も、まぁどんな人か分からないですけど、第五章でその赤シャツと野田が噂している話の中に出てきた女性ですね。
しかし、教頭だけに野田より難しいことを言う。
家へ帰って、あいつの申し条を考えてみると、一応もっとものようでもある。
申し条という言葉はあまり使わないというか、私は初めて聞いたんですけど、ま、話す内容、言っていることとか言い分、うん、っていうような意味だと思います。
あの赤シャツの言い分を家に帰ってゆっくり考えてみると、まあまあ、確かに正しいことを言ってる。
もっともなことを言っている。
はっきりとしたことは言わないから見当がつきかねるが、なんでも山嵐が良くないやつだから用心しろというのらしい。
それならそうとはっきり断言するがいい。
男らしくもない。
そうして、そんな悪い教師なら早く免職さしたらよかろう。
免職っていうのはまぁ職、あの仕事をなくすってことですね。
仕事を辞めさせられるっていうことですね。
山嵐がそんな悪いやつなら辞めさせたらいいのにと。
教頭なんて文学士のくせに意気地のないもんだ。
弱虫だ。
陰口を聞くのでさえ公然と名前が言えないくらいの男だから、弱虫に決まっている。
公然とっていうのはまぁ公に、こう堂々と、こう、あのみんなに分かるようにっていうことですね。
弱虫は親切なものだから、あの赤シャツも女のような親切ものなんだろう。
親切は親切、声は声だから、声が気に入らないって親切を無にしちゃ筋が違う。
それにしても世の中は不思議なものだ。
虫の好かないやつが、気に入らないやつが、親切で、気の合った友達が悪者だなんて、人を馬鹿にしている。
気の合った友達というのは山嵐のことですね。
大方、田舎だから万事東京の逆に行くんだろう。
ま、大方おそらく、ここは田舎だから、万事というのは何事も、全てのことが東京とは逆なんだろう。
物騒なところだ。
今に火事が凍って、石が豆腐になるかもしれない。
うん、これはどんな意味でしょう。
火事が...火事というのは火、ね、本当は火なので熱いものだけど、それが凍ってしまって、
石というのはすごく硬いものですけど、それが豆腐、あの柔らかい豆腐になってしまうかもしれないっていうのは、
それぐらいあり得ないこと、とんでもないことが起こるかもしれないということを、ま、例えて言っているんだと思います。
しかし、あの山嵐が生徒を煽動するなんていたずらをしそうもないがな。
一番人望のある教師だと言うから、やろうと思ったら、大抵のことはできるかもしれないが。
第一そんな回りくどいことをしないでも、直に俺を捕(つら)まえて喧嘩を吹きかけりゃ手数が省けるわけだ。
うん。
ね、あの坊っちゃんは山嵐がそんな生徒たちを煽動して、坊っちゃんにいたずらをするなんて信じられないと思っています。
でも山嵐は人望がある、人気がある、人からの信頼が厚い教師らしいから、まぁそういうことをしようと思えばなんだって大抵のことはできるかもしれない。
でも、そんな回りくどい、ね、面倒くさいことをしなくっても、直接、直に俺のとこに来て
喧嘩を、あの、ふっかければ、手数が省ける、手間が省ける、簡単に済むのになぁと言っています。
俺が邪魔になるなら、実はこれこれだ、こうこうこういうことです、と。
邪魔だから辞職してくれ、辞めてくれといやあ、言えば良さそうなもんだ。
物は相談づくでどうでもなる。
相談すればどうにでもなる。
まぁ相談の仕方次第でどうにでもなる。
向こうの言い条が、言い分がもっともなら明日にでも辞職してやる。
ここばかり米ができるわけでもあるまい。
どこの果てへ行ったって野垂れ死にはしないつもりだ。
山嵐もよっぽど話せないやつだな。
うん、これはここばかり米ができるわけでもない。
え、お米ができる場所、つまりまぁ食べ物がある場所はここだけではない。
どこに行ったって、野垂れ死にするっていうのは、なんかえっと、惨めな死に方をするっていう意味です。
ね、食べ物も食べれなくなって、野垂れ死にしたりはしないと。
まぁだから辞めろと言うんだったら辞めるのになぁっていうことを言ってるんですね。
ここへ来た時、第一番に氷水を奢ったのは山嵐だ。
そんな裏表のあるやつから氷水でも奢ってもらっちゃ俺の顔に関わる。
俺はたった一杯しか飲まなかったから、一銭五厘しか払わ..払わしちゃない。
払っていないってことですね。※正しくは「払わせてない」。
はい。
しかし一銭だろうが五厘だろうが、これは昔のお金の単位ですね。銭とか厘とか。今は円ですけど。
えー、詐欺師の恩になっては死ぬまで心持ちが良くない。
まぁもし、山嵐が詐欺師、ね、人を騙す悪いやつなんだとしたら、そんなやつの恩になる、
そんなやつにこうお金を出してもらってね、氷水を奢ってもらう、お世話になるみたいなことは、あの嫌な気持ちがする、と。
死ぬまで。
ね。
明日学校へ行ったら一銭五厘返しておこう。
俺は清から三円借りている。
その三円は五年経った今日までまだ返さない。
返せないんじゃない。返さないんだ。
清は今に返すだろうなどとかりそめにも俺の懐中を当てにしてはいない。
はい。
かりそめというのは、ま、一時的、短期間、一時的にという意味です。
懐中、この懐という字は懐(ふところ)。
懐ってここですね。
懐のことなんですけど。
ま、懐の中、えー、昔はみんな着物を着ていましたからこう、着物...こういう風になってるじゃないですか。
で、ここ、ここに、まぁ荷物...荷物っていうか、お財布とかね、お金とかを入れていたわけなんですよね。
なので、懐中というのは、ここではおそらくまぁ俺の懐の中に入っている、まぁお金を、あのまぁ清は当てにしてはいないだろうと。
俺も今に返そうなどと、他人がましい義理立てはしないつもりだ。
こっちがこんな心配をすればするほど清の心を疑るようなもので、清の美しい心にケチをつけると同じことになる。
返さないのは清を踏みつけるのじゃない。
清を俺の片割れと思うからだ。
えーと、片割れっていうのは、まぁペアの片方ってことですね。
他人がましい義理立てはしない。
うーん、だから、清は俺の片割れで、うーん...身内だから、ね。
他人...他人だったらまぁ借りたお金はちゃんと返さなくちゃっていう風にちゃんとあのまぁ守るんだけど、清はまぁ片割れみたいなものだし。
うん、清はそんな、あの坊っちゃんがお金をまぁそのうち返してくれるだろうな、みたいな風に
坊っちゃんのことを、坊っちゃんのお金を当てにしたりはしないっていう風に、ま、信じているんでしょうね。
だけど、まぁ清と坊っちゃんの間柄はそうなんだけど、その山嵐は、
うーん...もしかしたら悪いやつかもしれないから、悪いやつだという風に噂を聞いたから、山嵐に借りたお金はちゃんと返そう。
まぁ今そんなことを考えているんですね。
清と山嵐とは元より比べ物にならないが、たとい、たとえ、氷水だろうが甘茶だろうが、他人から恵みを受けて黙っているのは、向こうをひとか...ん?
向こうをひとかどの人間と見立てて、その人間に対する厚意の所作だ。
えーっとここもちょっと難しい言葉がいっぱい出てきたんですけど、
ひとかどの人間と見立てるっていうのは、あのまぁ調べてみたところ、一人前の立派な人として認めるっていうような意味だそうです。
はい。
割前を出せばそれだけのことで済むところを心の内でありがたいと恩に着るのは、えー...銭金で買える返礼じゃない。
割前というのは、え、これもちょっと調べてみたところ、自分の負担する分、だからまぁ自分が飲んだ氷水の代金ということでしょうね。
無位無冠でも一人前の独立した人間だ。
独立した人間が頭を下げるのは百万両より尊いお礼と思わなければならない。
無位無冠これは位とか、これは冠という意味ですから、冠ね、王様がつける冠ですね。
なので、何もそういう地位とかが、あの役職とかがない人であっても、えー、一応一人前の独立した人間だと。
独立した人間が頭を下げる、ありがとうございますという風に頭を下げるのは、百万両...これもあのお金です。
はい。
百万両。
大金ですね。それよりも尊い、尊いですね。
尊いお礼だと思わなければならない。
はい。
だから、お金よりも頭を下げるということの方が、あの価値のあるお礼だと思わなければならない。
ちょっと難しいですね。
俺はこれでも山嵐に一銭五厘奮発させて、百万両より尊い返礼をした気でいる。
山嵐はありがたいと思ってしかるべきだ。
ありがたいと思うべきだ。
えーっと、だからこれは坊《ぼ》っちゃんは山嵐に一銭五厘の氷水を奢ってもらって、で、ありがとうと頭を下げたんですね。
で、その頭を下げるという行為は、百万両お礼として渡すよりも、もっと価値のある、尊いお礼の仕方だ。
俺はそういうことをしてやったんだ。
だから山嵐はありがたいと思うべきだ。
という、あの坊っちゃんなりのすごいロジックが、はい、展開されています。
それに裏へ回って卑劣な振る舞いをするとは、けしからん野郎だ。
けしからんっていうのは良くない、悪いという意味ですね。
ありがたいと思うべきところを、ね、裏でそんなこう、生徒たちを煽動して、
坊っちゃんにいたずらをするなんていう、卑劣な、卑怯なことをするなんて、悪いやつだ。
明日行って一銭、五厘返してしまえば借りも貸しもない。
そうしておいて喧嘩をしてやろう。
うん、だから今は坊っちゃんが、え、奢ってもらった、お水を奢ってもらったので、借りがあるんですね。
で、山嵐は坊っちゃんに貸しあります。
でも、それをお金を返してチャラにしたい。
借りとか貸しがない状態にしたい。
そして喧嘩をしよう、と言っています。
俺はここまで考えたら眠くなったからグーグー寝てしまった。
明くる日、次の日は、思う子細があるから、例刻より早めに出校して山嵐を待ち受けた。
仔細...なんでしょう。
仔細は詳細、細かい、あの詳しいこと。
はい、という意味があるそうなんですが。
えー、冷酷っていうのは、まぁ決められた時間のことだと思います。
使わない言葉ですね、今は。
えーと、まぁ明日はちょっと、まぁ計画があるんでしょうね。
きっと坊っちゃんに。
なので、え、いつもよりも早く出勤して山嵐を待ち受けていました。
ところが、なかなか出てこない。
うらなりが出てくる。
うらなりも、え、先生の名前ですよね。
漢学の先生が出てくる。
野田が出てくる。
終いには赤シャツまで出てきたが、山嵐の机の上は白墨が一本縦に寝ているだけで閑静なものだ。
はい、チョークが一本置いてあるだけで静かなものだ。
俺は控え所へ入るや否や返そうと思って、家を出る時から湯銭のように手のひらへ入れて一銭五厘学校まで握ってきた。
えーっと...まぁ控え所に入ったらもうすぐに、入るや否や、入ったらすぐに返そうと思って、こう、湯銭っていうのはお風呂に入る時の料金のことだそうです。
そのようにまぁ手のひらにこう握り締めて学校に行った。
俺は膏っ手だから、手が、ま、汗っかきってことですかね。
え、開けてみると、一銭五厘が汗をかいている。
汗をかいている銭を返しちゃ山嵐が何とか言うだろうと思ったから、机の上へ置いてふうふう吹いて、また握った。
ところへ、ま、そこへ赤シャツが来て「昨日は失敗、迷惑でしたろう」と言ったから、「迷惑じゃありません。おかげで腹が減りました」と答えた。
あ、昨日は失敗じゃない、すいません、失敬ですね。
失敬、すいません、ごめんねってことです。
すると赤シャツは山嵐の机の上へ肘をついて、あの盤台面を俺の鼻の側面へ持ってきたから、
何をするかと思ったら、「君、昨日帰りがけに」これ今と字が違いますね。
「帰りがけに船の中で話したことは秘密にしてくれたまえ。
まだ誰にも話やしますまいね。」と言った。
誰にも話してないだろうね。
はい。
ちょっとここで出てきた盤台面って何でしょうね。
はい、盤台面これは初めて聞きましたが、私は。
平たくて、べたっと平たくて、つまりこう凹凸がないということですね。平たくて大きな顔のことを馬鹿にして言う言葉だそうです。
聞いたことないです。
女のような声を出すだけに心配症な男と見える。
話さないことは確かである。
えー、話してない、誰にも話してないってことは、まぁ確かだ。
それはそうだ。
しかし、これから話そうという心持ちで既に一銭五厘手のひらに用意しているくらいだから、ここで赤シャツから口留めをされちゃあちと困る。
口留めをするというのは、言うな、言っちゃダメと言われるっていうことですね。
赤シャツも赤シャツだ。
山嵐と名を指さないにしろ、あれほど推察のできる、ね、推測のできる謎をかけておきながら、今更その謎を解いちゃ迷惑だとは教頭とも思えぬ無責任だ。
元来なら、本当なら、俺が山嵐と戦争を始めて鎬を削ってる真ん中へ出て、堂々と俺の肩を持つべきだ。
鎬を削るというのは、激しく争う、戦うということですね。
え、山嵐と俺が鎬を削って、ね、戦っていたら、俺の肩を持つべきだ。肩を持つっていうのはこう肩を持つんじゃなくって、味方をするという意味があります。
俺の味方をするべきだ。
それでこそ一校の教頭で赤シャツを着ている主意も立つというもんだ。
え、主意も立つ...えー、これは、これもちょっと調べたんですが、意味があるという意味だそうです。
俺は教頭に向かって、「まだ誰にも話さない(話していない)が、これから山嵐と談判するつもりだ」と言ったら、
赤シャツは大いに狼狽して、うろたえて、君、そんな無法なことをしちゃ困る」まぁ無法、ま、法がない、勝手なことっていう感じでしょうか。
そんな勝手なことしちゃ困る。
「僕は堀田くんのことについて...」堀田くんって山嵐のことですね。
「堀田くんのことについて別段君に何も明言した覚えはないんだから。」はっきりとは言ってないじゃないか。
「君がもしここで乱暴を働いてくれると、僕は非常に迷惑する。
君は学校に騒動を起こすつもりで来たんじゃなかろう。」と、妙に常識を外れた質問をするから、「当たり前です。
月給をもらったり騒動を起こしたりしちゃ学校の方でも困るでしょう。」と言った。
すると赤シャツは「それじゃ昨日のことは君の参考だけに止めて、口外してくれるな。」と、汗をかいて依頼に及ぶから「よろしい。
僕も困るんだが、そんなにあなたが迷惑ならよしましょう。」と受け合った。
はい。
まぁ坊っちゃんが、昨日のことを山嵐に直接話すつもりだと言ったので、赤シャツが慌てていますね。
口外するなと。
まぁこれ口の外に出すということなので、文字通り、人に話すな、話さないでくれということですね。
えー...と、お願いして、じゃあ分かったと。
坊っちゃんは納得してますね、ひとまず。
「君、大丈夫かい?」と赤シャツは念を押した。
「大丈夫かい?本当に言わないんだな?」と念をしました。
どこまで女らしいんだか、奥行が分からない。
奥行...奥行というと、普通まぁ奥がどれぐらい、えー、長さがあるか、これを奥行って言いますけど。
うーん...だから、どこまで山嵐(※正しくは赤シャツ)は女らしいんだか、もうその...どこまで行くか分からないということを言ってるんでしょうね。
文学士なんてみんなあんな連中ならつまらんものだ。
辻褄の合わない、矛盾した、論理に欠けた注文をして恬然としている。
はい。
え、これも私は知らない言葉だったんですが、恬然としているというのは、ま、恥ずかしげもなく、堂々としているという意味だそうです。
しかも、この俺を疑っている。
憚りながら男だ。
憚りながら男だ...うーん...憚りながら。
憚《はばか》るというのはま遠慮するみたいな意味なんですが、ま、遠慮がないってことかな。
受け合ったことを裏へ回って反故にするような、さもしい了見は持ってるもんか。
はい。
さ、またちょっと私、知らない言葉が出てきました。
えー、さもしい...浅ましいとか心が汚い、だからまぁ「はい、分かった言わないよ」って一旦受け合ったことを、裏で、
その反故にする、まぁなしにする、うん、ような、そんなあの浅ましい、そんな汚い考えは持ってるもんか、持ってないよ。
ところへ、そこへ、両隣の机の所有主も出校したんで、赤シャツは早々自分の席へ帰って行った。
赤シャツは歩き方から気取ってる。
部屋の中を往来するのでも、往来、行ったり来たりするのでも、音を立てないように靴の底をそっと落とす。
音を立てないで歩くのが自慢になるもんだとは、この時から初めて知った。
泥棒の稽古、泥棒の練習じゃあるまいし。
当たり前にするがいい。
当たり前にする...ま、普通にすればいいのにってことでしょうかね。
やがて始業のラッパが鳴った。
山嵐はとうとう出てこない。
仕方がないから一銭五厘を机の上へ置いて教場へ出かけた。
授業の都合で一時間目は少し遅れて控え場へ帰ったら、他の教師はみんな机を控えて話をしている。
山嵐もいつのまにか来ている。
欠勤、え、休みだと思ったら遅刻したんだ。
俺の顔を見るや否や、今日は君のおかげで遅刻したんだ。
罰金を出したまえ。」と言った。
俺は机の上にあった一銭五厘を出して、「これをやるから取っておけ。
先立って通町で飲んだ氷水の代だ。」と、えー、山嵐の前へ置くと。
先立ってっていうのは、まぁ前にということですね。
えっと今は先立ってとは言わずにこれ、先立って、はい、という言い方をします。
山嵐の前へ置くと「何を言ってるんだ。」と笑いかけたが、俺が存外、ま、案外、意外と真面目でいるので、
「つまらない冗談をするな。」と銭を俺の机の上に掃き返した。
おや、山嵐のくせにどこまでも奢る気だな。
「冗談じゃない。本当だ。
俺は君に氷水を奢られる因縁がないから(奢られる理由がないから)出すんだ。
取らない法があるか。」取らないなんてことがあるか。
「そんなに一銭五厘が気になるなら取ってもいいが、なぜ思い出したように、今時分返すんだ。」今頃になって返すんだ。
「今時分でもいつ時分でも返すんだ。
奢られるのが嫌だから返すんだ。」山嵐は冷然と、冷静に俺の顔を見て「ふん」と言った。
赤シャツの依頼がなければここで山嵐の卑劣を暴いて、えー、大喧嘩をしてやるんだが、口外しないと受け合ったんだから動きが取れない。
人がこんなに真っ赤になってるのに、ふんという理屈があるものか。
「氷水の代は受け取るから、下宿は出てくれ。」「一銭五厘受け取ればそれでいい。
下宿を出ようが出まいが俺の勝手だ。」下宿、泊まってる場所を出てってくれと言われてますね。
「ところが勝手でない。
昨日あすこの亭主が来て君に出てもらいたいというから」あすこ...あそこですかね。
「その理由を聞いたら、亭主の言うのはもっともだ。
それでももう一応確かめるつもりで、今朝あすこへ寄って詳しい話を聞いてきたんだ。」あすこ。あそこ。
俺には山嵐の言うことが何の意味だかわからない。
その下宿先によって話を聞いてきたから、山嵐は遅刻したんですかね。
坊っちゃんには意味が分かりません。
「亭主が君に何を話したんだか、俺が知ってるもんか。
そう自分だけで決めたってしようがあるか。」しようがあるか。
えー、しょうがないだろうってことですね。
仕方ないだろう。
「訳があるなら訳を話すが順だ。」うーん...山嵐が、えーっと訳も言わずに勝手に決めて、
もう出てってもらうからなって言うので、坊っちゃんは、そんな勝手に決めないで、理由があるなら、まず理由を話してくれ。
それがまぁ筋だ、そういう順番だろうと言っていますね。
「てんから亭主の言う方がもっともだなんて、失敬千万なことを言うな。」てんからっていうのはもう最初から、初めから、
えー、坊っちゃんの話も聞かずに亭主の言うことがもっともだ、亭主の言う話の方が正しいだなんて、失敬千万。失敬極まりない、失礼だ、ね、と言ってます。
「うん、そんなら言ってやろう。
君は乱暴で、あの下宿で持て余されているんだ。」持て余されてるっていうのはまぁ困らせてるってことですね。
「いくら下宿の女房だって下女たぁ違うぜ。
足を出して拭かせるなんて威張りすぎるさ。」下宿先の奥さんは、下女、下女っていうのはまぁ召使いのように世話をする女性のことですね。
えー、下宿の奥さんと下女は違うんだ。
奥さんに足を拭かせるなんて、そんな威張りすぎ、うーん...偉そうにしすぎだということですね。
「俺がいつ下宿の女房に足を拭かせた?」「拭かせたかどうだか知らないが、とにかく向こうじゃ君に困ってるんだ。
下宿料の10円や15円は掛け物を一幅売りゃあすぐ浮いてくるって言ってたぜ。」えー、掛け物。
下宿先の旦那さんは、なんか骨董屋みたいなことをしていて色々古い、えー、掛け軸とか壺とかそういうのを集めてましたよね。
だから古いまぁ掛け軸、掛け物、掛け軸のことですね。掛け軸を一つ売れば坊っちゃんが払ってる下宿料ぐらいすぐ浮いてくる、お金が浮く。
だからまぁ取り返せる。
うん。
だから君が出ていってこの下宿料が、君の分の下宿料が、まぁ入ってこなくなっても、困らないっていうことですね。
「聞いた風なことを抜かすやろうだ。」わかったようなことを言うやつだ。
抜かすっていうのはまぁ言うという意味がありますね、ここでは。
「そんならなぜ置いた?」なぜ坊っちゃんを、まぁその宿に住まわせたかってことですね。
「なぜ置いたか僕は知らん。置くことは置いたんだが、嫌になったんだから出ろと言うんだろう。
君、出てやれ。」「当たり前だ。いてくれと手を合わせたっているものか。
一体そんな言いがかりを言うようなところへ周旋する君からしてが不埒だ。」
言いがかり、えー、坊っちゃんはその奥さんに足を拭かせたりしてないのに、そんなね、言いがかりをつけられて、やったっていう風に言われて、
罪をかぶせられて、えー、言いがかりをつけられる、
そんな場所に周旋する、これは斡旋という意味でしたね。えーっとこの宿は、山嵐がもともと紹介をして、えー、教えてくれた宿です...した。
はい。
そんなところを紹介する君からして、不埒...これはなんか、うーん...まぁ悪いという意味ですね。
簡単に言えば。
「俺が不埒か」これ、あの今使いません、この言葉。
あの一般的な言葉ではありません。
「俺が不埒か君が大人しくないんだか、どっちかだろう。」山嵐も俺に劣らぬ癇癪持ちだから、癇癪持ちっていうのはまぁすぐ怒るということですね。
負け嫌い、負けず嫌いな大きな声を出す。
もう、坊っちゃんに負けまいと大きな声を出す。
控え所にいた連中は、みんなは、何事が始まったかと思って、みんな俺と山嵐の方を見て、顎を長くしてぼんやりしている。
俺は別に恥ずかしいことをした覚えはないんだから、立ち上がりながら部屋中一通り見回してやった。
みんなが驚いている中に、野田だけは面白そうに笑っていた。
俺の大きな目が、貴様も喧嘩をするつもりかという剣幕で...剣幕、怒った表情のことですね。
で、野田の干瓢面を射抜いた時に、野田は突然真面目な顔をして大いに慎んだ。
干瓢面、なんでしょう。
さっき坊っちゃんは、えーっと赤シャツのことを何て言ってましたかね?
赤シャツのことを、まぁのっぺりした平坦な凹凸のない、大きな顔を、盤台面と言って罵ってましたけど、
今度は、えー、山嵐(※正しくは野田)のことを、干瓢面と言ってます。
干瓢っていうのは、なんか細長い食べ物なんですけど、そんな風に細長い顔のことを、えー、罵って、馬鹿にして言う言葉だそうです。
初めて聞きました。
えー、坊っちゃんが怒った顔でその干瓢面の野田を見たので、野田は突然、真面目な顔に戻って謹んだ。
まぁしゅんってしたんでしょうね。
少し怖かったと見える。
怖かったんだろう。
そのうちラッパが鳴る。
山嵐も俺も、喧嘩を中止して教場へ出た。
授業がまた始まりますね。
午後は、先夜、前の晩、俺に対して無礼を働いた寄宿生の処分法についての会議だ。
会議というものは生まれて初めてだから、とんと様子がわからないが、全く様子がわからないが、職員が寄ってたかって...
寄ってたかて、自分勝手な説を立てて、自分勝手な話をして、それを校長がいい加減に、いい感じにまとめるのだろう。みんなの意見をね。
まとめるというのは、黒白の決しかねる事柄について言うべき言葉だ。
うん、これもちょっと聞き慣れない言葉ですが、黒白の消しかねる、
ま、黒か白かはっきりしないようなことに関して、みんなの意見を聞いて「まとめる」って本来言うべきだ。
この場合のような誰が見たって、ね、白黒はっきりしている、誰が見たって不都合としか思われない事件に会議をするのは暇つぶしだ。
うーん...今とちょっと暇つぶしという言葉の使われ方が少し違うかもしれません。
暇つぶし、今暇つぶしっていうと、えーっと暇でやることがないから、うーん...何か例えば暇つぶしにゲームをするとか、暇つぶしに
うーん...なんだろう...暇つぶしにテレビを見るとか、なんかそんな風に使いますけど、
ここでは、まぁ多分、時間の無駄だみたいな感じの意味で使われていると思います。
誰がなんと解釈したって異説の出ようはずがない。
みんなね、異説っていうのはまぁ異なる、まぁ意見が出るわけがない。
こんな明白なのは即座に校長が処分してしまえばいいのに、ずいぶん決断のないことだ。
校長ってものがこれならば、何のことはない。
煮え切らない愚図の異名だ。
またすごいね、みんなの悪口を言いたい放題ですね。
え、逃げ切らないというのは、ま、あのはっきりしないっていうような意味で、
ま、愚図っていうのも、動作が遅い、のろのろするっていうような意味で、まぁ今だとよく子供がぐずぐずするとか言いますね。
ぐず...ぐずるって言ったらなんかこうちょっと機嫌の悪い、うん、ことを、まぁぐずるって言ったりもします。
ここではまぁあの、決断しない、あの、のろまみたいなことを言っています。
会議室は校長室の隣にある細長い部屋で、平常は、普段は、食堂の代理を務める。
黒い皮で張った椅子が20脚ばかり長いテーブルの周囲に並んで、ちょっと神田の西洋料理屋ぐらいな格だ。
うん、黒い革の椅子がこう長いテーブルの間に並んでいて、神田っていうのは東京にある地名ですけど、
ま、神田にある洋風のレストランみたいな感じの雰囲気があると。
そのテーブルの端に校長が座って、校長の隣に赤シャツが構える。
あとは勝手次第に席に着くんだそうだが、体操の教師だけは、いつも、えー、席末に謙遜するという話だ。
席末という読み方がちょっと合ってるか自信がないですが...あの、今多分末席って言いますね。
末席、これ、あの席と末という感じを逆にして、末席と言ったり、え、下座って言ったりしますね。
日本では、えっと、上座下座っていうのがあって、上っていうのは上、下座の下は下。
で座は座るという字ですね。
えー、例えば部屋があったら、部屋...ドアがここにあってこう入ってね、部屋の奥の方が上座と言って偉い人が座る席です。
うん。
で、まぁドアの近く、ま、下座と言って、え、身分...身分じゃないな、地位の低い人が座る席。だから例えば会社だったら社長が一番上座に座りますね。
で、えー、平社員、新入社員とかが、え、下座、もしくは末席に座ります。
ま、そういうなんかルールがあるんですけど。
その、え、体操の教師は、本当はみんな校長と赤シャツ以外は好き勝手座っていいんだけど、
体操...体育の先生だけは、いつも、え、下座に謙遜してね、え、座るらしい。
俺は様子が分からないから、博物の教師と漢学の教師の間へ入り込んだ。
向こうを見ると、山嵐と野田が並んでる。
野田の顔はどう考えても劣等だ。
え、劣るということですね。山嵐よりも顔が、あの劣る、良くない。
喧嘩はしても、山嵐の方が遥かに趣がある。
ま、いい顔をしていると。
親父の葬式の時に、小日向の養源寺の座敷にかかってた掛け物は、この顔によく似ている。
お父さんのお葬式の時、ま、これ小日向の養源寺...小日向という地名の場所にある、お寺でしょうね。
はい、ま、(そのお寺)の座敷、ま、畳の部屋ですね。そこにかかってた掛け軸の顔に山嵐がよく似ている。
坊主に聞いてみたら、坊主というのはお寺の住職さんのことです。
坊主に聞いてみたら、韋駄天という怪物だそうだ。
今日は怒ってるから、眼をぐるぐる回しちゃ時々俺の方を見る。
そんなことで脅かされてたまるもんか、と俺も負けない気で、やっぱり眼をぐりつかせて山嵐をにらめてやった。
睨んでやった。
俺の目は格好は良くないが、大きいことにおいては大抵な人には負けない。
「あなたは目が大きいから、役者になるときっと似合いますよ。」と清がよく言ったくらいだ。
「もう大抵お揃いでしょうか」と校長が言うと、書記の川村というのが、一つ二つと頭数を勘定してみる。
人数を数える。
一人足りない。
一人不足ですが、と考えていたが、これは足りないはずだ。
唐茄子のうらなり君が来ていない。
俺とうらなり君とは、どういう宿世の因縁か知らないが、宿世...うーん...宿命?運命?
の因縁か知らないが、この人の顔を見て以来、どうしても忘れられない。
控え所へ来ればすぐうらなり君が目につく。
途中を歩いていても、うらなり先生の様子が心に浮かぶ。
温泉へ行くと、うらなり君が時々青い顔をして、湯壺の中に膨れている。
挨拶をすると、「へぇ」と恐縮して頭を下げるから、気の毒になる。
学校へ出て、うらなり君ほど大人しい人はいない。
滅多に笑ったこともないが、余計な口を聞いたこともない。
俺は君子という言葉を書物の上で知っているが、これは地引きにあるばかりで、生きてるものではないと思ってたが、
うらなり君に会ってから初めて、やっぱり正体のある文字だと感心したくらいだ。
はい、君子という言葉を説明しましょう。
君子というのは、ま、勉強もできて、人格も素晴らしい人という意味です。
えー、坊っちゃんはこれは辞書に載ってるだけの言葉で、え、実際には存在するものではない、君子なんて本当には、実際にはいないと思ってたけど、
うらなり君に会ってから、ああ、君子って本当にいるんだなと思ったらしいです。
うらなり君のことを絶賛してますね。
このくらい関係の深い人のことだから、会議室へ入るや否やうらなり君のいないのはすぐ気が付いた。
実を言うと、この男の次へでも座ろうかと、密かに目印にしてきたくらいだ。
校長は「もうやがて見えるでしょう。」と、自分の前にある紫の袱紗包を解いて、蒟蒻版のようなものを読んでいる。
袱紗包というのは、まぁお金を入れる、えー、布ですね。
それを解いて蒟蒻版...これも私、初めて聞いたんですが、まぁ昔の印刷の方法で、そういうのがあって、その印刷方法を使って、まぁ刷ったものを読んでいる。
赤シャツは琥珀のパイプを絹ハンケチ、ハンカチで磨き始めた。
はい、琥珀というのは、ま、石の名前です。
この男はこれが道楽である。これが楽しみなんだ。
赤シャツ相当のところだろう。
他の連中は隣同士でなんだか囁き合っている。
えー普通こんな字を書きませんが、囁くというのは。
ま、私語という、あの当て字を使ってますね。私語っていうのは、えー、よく「私語は慎んでください」とか言われるんですけど。
その...例えば誰かが、発表したりとか、ま、例えばプレゼンとかをしている時に、あの関係ない話を隣の人と喋っているような時。
これ...を、これを、私語をすると言います。
はい、みんなね、あのペチャクチャペチャクチャ隣同士で喋っていると。
手持ち無沙汰なのは、え、鉛筆の尻についているゴムの頭で、テーブルの上へしきりに何か書いている。
手持ち無沙汰、何もやることがない人は、なんか鉛筆でなんか書いてると。
野田は時々山嵐に話しかけるが、山嵐は一向応じない。
ただ、「うん」とか、「ああ」というばかりで、時々怖い目をして俺の方を見る。
俺も負けずに睨み返す。
え、ところへ、そこへ、待ちかねたうらなり君が気の毒そうに入ってきて、「少々用事がありまして、遅刻いたしました。」と慇懃に狸に挨拶をした。
慇懃に。
はい、これも私は初めて聞いた言葉ですが、礼儀正しくという意味だそうです。校長に挨拶をしました。
「では会議を開きます。」と狸はまず書記の川村君に蒟蒻版を配布させる。
蒟蒻版、うーん...だから、ま、今で言ったらプリントみたいなものですね。紙を配らせました。
見ると、最初が処分の件、次が生徒取締の件、その他二、三ヶ条である。
狸は例の通り、いつものように、もったいぶって、教育の生霊という見えで、こんな意味のことを述べた。
「学校の職員や生徒に過失のあるのは」ま、過ち、間違いのあるのは、「みんな自分の寡徳の致すところで、
何か事件があるたびに自分はよくこれで校長が務まると、密かに慚愧の念に堪えんが、
不幸にして、今回もまたかかる騒動を引き起こしたのは、深く諸君に向かって謝罪しなければならん。
しかし、一度起こった以上は仕方がない。
どうにか処分をせなければならん。
事実は既に諸君のご承知の通りであるからして、善後策について、腹蔵のないことを参考のためにお述べください。」さあ、難しい言葉が色々と出てきました。
ま、簡単に言うと、校長先生は、学校の職員とか生徒が何か悪いことをした時っていうのは全部、自分の責任です。
はい、自分が至らないからですと。
あの皆さん、ね、諸君、みんなってことですね。
みんなに申し訳ない。
まぁでもこういうことが起きてしまったからには、どうにか処分をしないといけません。
ということを言っています。
俺は校長の言葉を聞いて、なるほど、校長だの狸だのというものは偉いことを言うもんだと感心した。
こう校長が何もかも責任を受けて、自分の咎だとか、自分のせいだとか、不徳だ、自分が至らないからだとか言うくらいなら、
生徒を処分するのはやめにして自分から先へ免職になったら良さそうなもんだ。
校長が自分が辞めればいいのに。
そうすればこんな面倒な会議なんぞ、開く必要もなくなるわけだ。
第一常識から言っても分かってる。
俺が大人しく宿直をする。
えー、泊まって仕事をするってことですね。
生徒が乱暴をする。
悪いのは校長でもなければ俺でもない。
生徒だけに決まってる。
もし山嵐が先導したとすれば、生徒と山嵐を退治れば、出ていかせれば、それでたくさんだ。それで十分だ。
人の尻を自分で背負い込んで、えー、これは、まぁえー、これも比喩ですね。
人の...まぁ...ま、人が悪いことをしたのに、その責任を被ることを尻ぬぐいをするって言ったりします。人の尻ぬぐいをする。
そんな風に、ま、人の...人が悪いことをしたのに、それを自分の責任だって自分で背負い込んで、
俺の尻だ、俺が悪い、ね、俺の尻だと吹き散らかすやつがどこの国にあるもんか。
狸でなくっちゃできる芸当じゃない。
できる技じゃない。
彼はこんな条理にかなわない議論を吐いて、得意げに一同を見回した。
ところが、誰も口を開くものがない。
博物の教師は、第一教場の屋根にカラスが止まっているのを眺めている。
漢学の先生は蒟蒻版を畳んだり伸ばしたりしている。
山嵐はまだ俺の顔をにらめている。
睨んでいる。
会議というものが、こんな馬鹿げたものなら、欠席して昼寝でもしている方がましだ。
俺はじれったくなったから、一番大いに弁じてやろう、ね、と思って、半分尻をあげかけたら、立ち上がりかけたら、赤シャツが何か言い出したからやめにした。
見るとパイプを閉まって、パイプっていうのはこのタバコのことですね、をしまって、縞のある絹ハンケチで顔を拭きながら何か言っている。
あのハンケチ...ハンカチですね。
ハンカチはきっとマドンナから巻き上げた、取ったとか、もらったに違いない。
男は白い麻を使うもんだ。
「私も寄宿生の乱暴を聞いて、甚だ教頭として不行き届きであり、かつ平常の徳化が少年に及ばなかったのを深く恥ずるのであります。
で、こういうことは何か陥欠があると起こるもので、事件そのものを見ると、なんだか生徒だけが悪いようであるが、
その真相を極めると、責任はかえって学校にあるかもしれない。
だから、表面上に現れたところだけで厳重な制裁を加えるのは、かえって未来のために良くないかとも思われます。
かつ少年血気のものであるから、活気が溢れて善悪の考えはなく、半ば無意識にこんないたずらをやることはないとも限らん。
で、元より処分法は校長のお考えにあることだから、私の容喙する限りではないが、
どうかその辺をご斟酌になって、なるべく寛大なお取り計らいを願いたいと思います。
はい。
まぁ今の教頭の話をちょっと、えー、分かりやすい言葉で要約すると、うーん...まぁ、寄宿生、生徒たちがそんな乱暴したのは、
教頭の自分が行き届かなかった、ね、えー、自分が至らなかったものでもあるし、ま、普段のね、
その徳化っていうのは、多分、まぁいろんな礼儀とかを教えるその教育が、あの生徒たちに少年たちに伝わらなかったっていうのは、すごく恥ずかしいことですと。
で、えー、こういうことは、うーん...まぁその事件だけを見ると、生徒が悪いように見えるけれども、
よくよくその真相、真実をこう突き止めていくと、実は責任はかえって学校にある可能性もある。
だからこう表面上に現れたところだけで、えー、見て、生徒たちに厳しい処分を与えるんじゃなくって、
若気の至りのいたずらですから、うーん...えー、ま、寛大に見てあげてくださいと。
あんまりこう厳しい処分はしないであげてくださいっていう風に言ってますね。
なるほど、狸が狸なら、赤シャツも赤シャツだ。
生徒が暴れるのは生徒が悪いんじゃない、教師が悪いんだと公言している。
これ...これどうですか?皆さん、どう思いますか?
生徒が悪いのは教師が悪いからなんでしょうか。
うーん...子供が悪いことをしたら親が責任を感じるのと同じことなんでしょうか。
気狂いが、まぁ気狂いってあんまりいい言葉ではないので、今は使わない方がいい言葉ですけど、うーん...まぁ頭の狂った人っていう意味ですね。
気狂いが人の頭を殴りつけるのは、殴られた人が悪いから気狂いが殴るんだそうだ。
ありがたい幸せだ。
活気に満ちて困るなら、ね、生徒たちがまエネルギーが溢れていて、えー、困るんだったら運動場へ出て相撲でも取るがいい。
半ば無意識に床の中へバッタを入れられてたまるものか。
この様子じゃ寝首をかかれても半ば無意識だって放免するつもりだろう。
えー、寝首をかくっていうのは、寝てる隙に首を切って殺すってことですね。
ね、そんな寝てる間に首を切られても、ああ、半ば無意識だったからしょうがないって言って、ま、あの無罪放免にする、罪を問わないんだろう。
俺はこう考えて何か言おうかなと考えてみたが、言うなら人を驚かすように、滔々と淀みなく堂々と述べ立てなくっちゃつまらない。
俺の癖として、腹が立った時に口を聞くと、二言か三言で必ず行きつま...行き詰まってしまう。
狸でも赤シャツでも、人物から言うと俺よりも下等(※正しくは「げとう」ではなく「かとう」)だが、
弁舌はなかなか達者だから、まずいことを喋って揚げ足を取られちゃ面白くない。
まぁ、えーっと、坊っちゃんは怒ってると、こう言葉が詰まっちゃうんですね。言葉がすらすらと出てこない。
狸も赤シャツも、あの、人としては自分よりも下だけど、ま、口が達者だから、
えー、坊っちゃんがちょっとね、変なこと、間違ったことを言うと、あの間違いを指摘されちゃう、揚げ足を取られちゃう。
ちょっと腹案を作ってみようと、胸の中で文章を作っている。
腹案っていうのは、ま、心の中で思っている考えということですね。
口に出す前に、ちょっと心の中で考えて文章を作っています。
すると前にいた野田が突然起立したには驚いた。
野田のくせに意見を述べるなんて生意気だ。
野田は例のへらへら調で、へらへらした口調で「実に今回のバッタ事件及び咄喊事件は、我々心ある職員をして、密かに我校将来の前途に、
え、未来に、器具の根を抱かしむるに足る珍事でありまして、我々職員たるものは、この際奮って自ら省みて、全校の風紀を振粛しなければなりません。
それで、只今校長及び教頭のお述べになったお説は肯綮にあたった剴切なお考えで、私は徹頭徹尾賛成いたします。
どうかなるべく寛大のご処分を仰ぎたいと思います。」と言った。
まあこれも色々ちょっと難しい言葉が出てきたので、分かりやすい言葉で要約をします。
え、野田は、野田先生は、まぁえっと、そうですね、校長と教頭が言ったことに乗っかってますね。
えー、こんなね、事件が起きたっていうのは、あの、私たち教員、職員こそが、ま、自分たちのことをまぁ反省して、えー、いかないといけないと。
もう校長と教頭が言った話は、あのもっともだと。
え、私はもう徹頭徹尾、もう最初から最後まで全部賛成します。
お二人の意見に賛成します。
どうかなるべく寛大な処分をお願いしたいです。
厳しく生徒たち処分しないであげてほしいです。
と言いました。
野田の言うことは、言語はあるが意味がない。
漢語をのべつに陳列するぎりで訳が分からない。
分かったのは徹頭徹尾賛成いたしますという言葉だけだ。
俺は野田の言う意味は分からないけれども、なんだか非常に腹が立ったから、腹案もできないうちに立ち上がってしまった。
「私は徹頭徹尾反対です。」と言ったが、後が急に出てこない。
最初から最後まで私は反対です、と勢いで言ってしまいました。
「そんな頓珍漢な処分は大嫌いです。」頓珍漢って、まぁ訳の分からないみたいな意味ですね。
とつけたら、職員が一同、笑い出した。
「一体生徒が全然悪いです。
どうしても謝らせなくっちゃ癖になります。
退校さしても構いません。
なんだ失敬な。新しく来た教師だと思って。」と言って着席した。
すると右隣にいる博物が「生徒が悪いことも悪いが、あまり厳重な罰などをすると、かえって反動を起こしてはいけないでしょう。
やっぱり教頭のおっしゃる通り...」えー、これは寛な、ま、寛大なという意味ですね。
「寛な方に賛成します。」と弱いことを言った。
左隣の漢学は穏便説、まぁ厳しくしない、穏便に済ませる説に賛成と言った。
歴史も教頭と同説だと言った。
忌々しい。
大抵のものは赤シャツ党だ。
ま、赤シャツの仲間だってことですね。
こんな連中が寄り合って学校を立てていりゃ世話はない。
俺は生徒を謝らせるか、辞職する、自分が辞めるか、えー、二つのうち一つに決めてるんだから。
もし赤シャツが勝ちを制したら、早速家へ帰って荷造りをする覚悟でいた。
どうせこんな手合いを弁口で屈服させる手際はなし。
させたところで、いつまでご交際を願うのはこっちでごめんだ。
学校にいないとすれば、どうなったって構うもんか。
また何か言うと笑うに違いない。
誰が言うもんかと澄ましていた。
ちょっと聞き慣れない言葉を説明します。
手合いというのは勝負のことだそうです。
弁口、言葉で、こんな勝負を言葉で屈服させる、屈服させる、まぁ負けさせる、はい、手際はなし。
まぁ何か言うとまた笑われるから、黙っていた。
すると、今まで黙って聞いていた山嵐が奮然として立ち上がった。野郎、また赤シャツ賛成の意を表するな、どうせ。
貴様とは喧嘩だ。
勝手にしろ。
と見ていると、山嵐はガラス窓を震わせるような声で、え、ガラスが震えるぐらい大きな声でという意味ですね。
「私は、教頭及びその他諸君のお説には全然不同意であります。
というものは、この事件は、どの点から見ても、50名の寄宿生が新来の」まぁ新しく来た、えー、「教師某氏」某氏というのは坊っちゃんのことを指しています。
「を軽侮して」馬鹿にして、「これを翻弄しようとした所為とより他には認められんのであります。
教頭はその原因を」え、漢字がちょっと違いますね、今と。
「その原因を教師の人物鑑にお求めになるようでありますが、失礼ながらそれは失言かと思います。」ま、間違いということですね。
教頭は間違ってます。
教師が悪いというのは間違ってますと。
「某氏」坊っちゃん「が、宿直に当たられたのは、着後早々のことで」まだ着任して、えー、仕事を始めてすぐのことで、
「まだ生徒に接せられてから20日に満たぬところであります。
この短い20日間において、生徒は君の学問人物を評価し得る余地がないのであります。
軽侮されべき至当な理由があって軽侮を受けたのなら、生徒の行為に斟酌を加える理由もありましょうが」ま、情状酌量する、多めに見てやるっていうことですね。
あの坊っちゃんの側に何か問題があって、馬鹿にされるような、あの正当な理由があったのならば、
生徒たちのしたことを多めに見てあげる理由もあるだろうけれど、
「何らの原因もないのに、新来の」新米の「先生を愚弄するような軽薄な生徒を寛仮しては、
学校の威信に関わることと思います。」ま、愚弄するっていうのは、馬鹿にするってことですね。
ま、寛仮する、寛仮するは、ま、寛大なあの処分をするってことですね。
これは学校の威信、学校のプライドにも関わることだ。
「教育の精神は、単に学問を授けるばかりではない。
高尚な正直な武士的な元気を鼓吹すると同時に、野卑な軽そうな暴慢な悪風を掃蕩するにあると思います。」
ここもちょっとだいぶ難しい言葉を使っていますが、えっと、教育というのは勉強を教えるだけじゃなくて、
まぁあのま、そういう...こういうね、精神的なことも教えなくちゃいけないし、
ま、悪いことっていうのは、えー、掃蕩する、ま、悪いことを排除することにもあると思います。
「もし反動が」生徒たちが、え、逆にやり返してくる、その反動が「恐ろしいの騒動が大きくなるのと、姑息なずるいことを言った日には、
この弊風はいつ矯正できるかしれません。」こういったその雰囲気は、いつ良くなるかわからないと。
「かかる弊風を杜絶するためにこそ、我々はこの学校に職を奉じているので、これを見逃すぐらいなら初めから教師にならん方がいいと思います。
私は以上の理由で寄宿生一同を厳罰に処する上に、当該教師の面前において」当該教師というのは坊っちゃんのことですね。
該当するその先生の目の前で、「公に謝罪の意を表せしむるのを至当の処置と心得ます。」
ね、生徒たちを厳罰に、え、処して、坊っちゃんに謝らせる、坊っちゃんに対して謝らせた方がいいと。
と言いながら、どんと腰を下ろした。
座った。
一同は黙って何にも言わない。
一同、一同というのは他の先生たちですね。
赤シャツはまたパイプを拭き始めた。
俺はなんだか非常に嬉しかった。
俺の言おうと思うところを、俺の代わりに山嵐がすっかり言ってくれたようなものだ。
俺はこういう単純な人間だから、今までの喧嘩はまるで忘れて大いにありがたいという顔を持って腰を下ろした山嵐の方を見たら、山嵐は一向知らん顔をしている。
坊っちゃん、さっきまで、え、喧嘩してたんですよね、山嵐と。
でも、ま、単純なので、こうやって自分のことを庇ってくれてありがとうという、あの気持ちで山嵐の方を見たら、山嵐は知らん顔をしていた。
しばらくして山嵐はまた起立した。
「ただいまちょっと失念して言いようとしましたから申します。」ちょっと忘れてて言いそびれたことがあるので言います。
「当夜の宿直員は、宿直中、外出して温泉に行かれたようであるが、あれはもっての他のことと考えます。」坊っちゃん、宿直の日に温泉に行ってましたね。
あれはもっての他、あれはちょっと論外、あの、ありえないことだと思いますと。
「卑しくも自分が一校の留守番を引き受けながら、咎めるもののないのを幸いに」誰も...咎めるというのは、ダメでしょうって言うってことですね。
だから校長とか教頭みたいに、あの自分より上のものが、こう、行っちゃダメだとか言ってこない、
その状況を、まぁいいことに、「場所もあろうに温泉などへ入湯」入湯ですかね、これは。
「入湯に行くなどというのは大きな失態である。
生徒は生徒として、この点については、校長から特に責任者にご注意あらんことを希望します。」妙なやつだ。
褒めたと思ったら、後からすぐ人の失策を暴いている。
俺は何の気もなく前の宿直が出歩いたことを知って、そんな習慣だと思ってつい温泉まで行ってしまったんだか、
なるほど、そう言われてみると、これは俺が悪かった。
攻撃されても仕方がない。
そこで俺はまた立って、「私はまさに宿直中に温泉に行きました。
これは全く悪い。
謝ります。」と言って着席したら、一同がまた笑い出した。
俺が何か言いさえすれば笑う。
つまらん奴らだ。
貴様ら、これほど自分の悪いことを公に悪かったと断言できるか。
できないから笑うんだろう。
それから校長は、もう大抵ご意見もないようでありますから、よく考えた上で処分しましょうと言った。
ついでだからその結果を言うと、寄宿生は一週間の禁足になった上に、俺の前へ出て謝罪をした。
禁足。
禁足というのはまぁ外出禁止ということですね。
そして、坊っちゃんに謝罪をしたということは、え、山嵐が言った通りになったんですね。
謝罪をしなければ、その時辞職して帰るところだったがなまじ俺の言う通りになったので、とうとう大変なことになってしまった。
それは後から話すが、校長はこの時、会議の引き続きだと号してこんなことを言った。
号してというのは、引き続きだと言ってっていうことかな。
「生徒の風儀は教師の感化で正していかなくてはならん。」えー、風儀というのは様子っていうことですね。
感化というのは、え、なんだろう、影響を与えるみたいな意味です。教師がいい影響を与えて、正しく、正していかなくてはならん。
え、感化されるとかよく今も使いますね。
え...影響を受けて、その例えば誰々に感化されて、これをもっと頑張ろうと思った。
え、その人の影響でその人を見ていたら、ああ、自分も頑張らなくちゃと思って頑張ろうと思った。
感化されるとかよく言います。
「その一着手として、教師はなるべく飲食店などに出入しないことにしたい。」一着手として、まぁ、とりあえず一つ目としてっていうことですかね。
はい。
教師は飲食店に出入りしない。
「最も送別会などの節は」そういった時は「特別であるが、単独にあまり上等でない場所へ行くのはよしたい。」
行くのをよすというのは、行かないようにするということですね。
「例えば、蕎麦屋だの団子屋だの」と言いかけたら、また一同が笑った。
蕎麦屋も団子屋も坊っちゃんが行ったところですね。
野田が山嵐を見て「天ぷら」と言って目配せをしたが、山嵐は取り合わなかった。
目配せをするっていうのはこう目で合図をする。
はい。
いい気味だ。
これ、まぁ気味ですね、いい気味だ。
俺は脳が悪いから、頭が悪いから、狸の言うことなんかよくわからないが、蕎麦屋や団子屋へ行って、中学の教師が務まらなくちゃ、
俺みたような、俺、俺のような、食いしん坊にゃ到底できっこないと思った。
食いしん坊っていうのはよく食べる人のことですね。
それならそれでいいから、初手、初めから、蕎麦と団子の嫌いなものと注文して雇うがいい。
先生を雇う時に、蕎麦と団子が嫌いな人っていう風に条件をつけて、え、教師を採用したらいいのにと言っています。
だんまりで辞令を下げておいて、蕎麦を食うな、団子を食うなと罪なお布令を出すのは、俺のような他に道楽のない者にとっては大変な打撃だ。
坊っちゃんは食いしん坊で、食べることぐらいしか楽しみがないのに、そんなことを言われたら困ると。
すると、赤シャツがまた口を出した。
「元来、中学の教師なぞは」教師なんていうものは、「社会の上流に位するものだからして」
まぁ社会の上の方に位置するものだから、「単に物質的な快楽ばかり求めるべきものでない。
その方に耽ると、つい品性に悪い影響を及ぼすようになる。」快楽、物質的な快楽、え、幸せ喜びに、え、耽るというのは、夢中になる、と人生が悪くなると。
ま、下品になるということですね。
「しかし人間だから、何か娯楽がないと田舎へ来て狭い土地では到底暮らせるものではない。
それで釣りに行くとか、文学書を読むとか、または新体詩や俳句を作るとか、なんでも高尚な」高尚なというのは、まぁ上流な、上品な。
「精神的娯楽を求めなくてはいけない。」ね、あの食べるとか、そういうね、物質的な快楽ばかりじゃなくて、
こう本を読んだりとか、釣りに行ったりとか、ね、文章を書いたりとか、そういう精神的な楽しみを見つけていかなくちゃいけないと。
黙って聞いてると勝手な熱を吹く。
勝手なことを言ってる。
沖へ行って肥やしを釣ったり、ゴルキがロシアの文学者だったり。
これは前の第五章で出てきた話ですね。
馴染みの芸者が松の木の下に立ったり。
これもですね。
古池へ蛙が飛び込んだりするのが、古池へ蛙が飛び込んだりするって、これは、えーと有名な俳句のことを言っています。
そういうのが精神的娯楽なら、天ぷらを食って団子を飲み込むのも精神的娯楽だ。
そんなくださらない、えー、くだらない、バカバカしい娯楽を授けるより、赤シャツの洗濯でもするがいい。
あんまり腹が立ったから、「マドンナに会うのも精神的娯楽ですか。」と聞いてやった。
すると今度は誰も笑わない。
妙な顔をして、互いに目と目を見合わせている。
赤シャツ自身は苦しそうに下を向いた。
それ見ろ。
効いたろう。
ただ、気の毒だったのはうらなり君で、俺がこう言ったら青い顔をますます青くした。
坊っちゃんがマドンナの話題を出した途端、みんな妙な顔をして、笑わずにこうちょっと気まずそうにして、赤シャツもちょっと困ったようにしている。
これは何なんでしょう。マドンナは、誰なんでしょうね。
また7章以降で出てくるのが楽しみです。
はい。
じゃあ今日はここまでにします。