
こんにちは。
また坊っちゃんの続きを読んでいきます。
俺は即夜下宿を引き払った。
即夜、もうその夜すぐに、ですね。
即夜というのはあんまり、うーん、使わないと思います。
即日という言葉はよく使いますね。
その日すぐに、即日、はい、即夜下宿を引き払った。
引き払ったというのは、もうそこから出たっていうことですね。
宿へ帰って荷物をまとめていると女房が「何か不都合でもございましたか?
お腹の立つことがあるなら言っておくれたら改めます。」と言う。
どうも驚く。
世の中にはどうしてこんな要領を得ないものばかり揃っているんだろう。
要領を得ないというのは、ま、要点が分からない、ポイントが分かっていないとか、え、何を言いたいのかよくわからないといったような意味があります。
はい、なんでこんな要領を得ない奴らばっかりなんだろう。
出てもらいたいんだか居てもらいたいんだか分かりゃしない。
まるで気狂いだ。
え、この気狂いという言葉はですね、まぁあの今ではすごく差別的な意味を持つ表現なので、使わない方がいいです。
こんなものを相手に喧嘩をしたって、江戸っ子の名折れだから車屋を連れてきてさっさと出てきた。
江戸っ子の名折れ...え、名折れっていうのは、えっとなんだろう...名前に傷がつくというか、
あの江戸っ子としての東京生まれとしての坊っちゃんのプライドに傷がつくということです。
車屋、これは今の車みたいな自動車ではなくて、人が引っ張るリヤカーみたいなものですね。
車屋さんを呼んで、荷物を乗せてもうさっさと引き払った。
出たことは出たが、どこへ行くというあてもない。
何の計画もなく出てきてしまいました。
車屋が「どちらへ参ります?」と言うから、「黙ってついて来い。今にわかる。」と言ってすたすたやってきた。
面倒だから山城屋へ行こうかとも考えたが、また出なければならないから、つまり手数だ。
山城屋というのは坊っちゃんがこの町に来て最初に、えっと少し宿泊していた旅館の名前ですね。
そこに戻ろうかなとも考えたんだけど、どうせまた別の住む場所を見つけて出なくちゃいけないんだから、え、手間がかかるだけだと言っています。
こうして歩いてるうちには、下宿とかなんとか看板のある家を見つけ出すだろう。
え、まぁ歩いていれば下宿の看板が見つかるだろうと。
だからまとりあえず歩いているわけですね。
そうしたらそこが天意に叶った我が宿ということにしよう。
天意に叶ったというのは、ま、運命の、神様が決めたというような意味です。
だからまぁ歩いててたまたまね、偶然あの下宿の看板を見つけたら、もうそれが運命、そこが自分の運命のあの...下宿先ということにしよう。
と、ぐるぐる閑静で住み良さそうなところを歩いているうち、とうとう鍛冶屋町へ出てしまった。
ここ鍛冶屋町は士族屋敷で、え、下宿屋などのある町ではないから、もっと賑やかな方へ引き返そうかとも思ったが、ふと良いことを考えついた。
えっとここはまぁもともと士族の人たちの屋敷がある、あのまぁ閑静な住宅街だから、その下宿をするようなね、えー、場所はない。
だけどふと良いことを思いつきました。
何でしょう?
俺が敬愛するうらなりくんはこの町内に住んでいる。
うらなりくんは土地の人で、先祖代々の屋敷を控えているくらいだから、この辺の事情には通じているに相違ない。
うらなりくんという、まぁ物静かな先生がいましたね。
その先生はこの町に住んでいて、もともと地元の人だから事情に通じている。
事情に通じているというのは、うーん、ま、そこのえっと場所のことをよく知っているとか、詳しいという意味ですね。
だから、あの人を訪ねて聞いたら、良さそうな下宿を教えてくれるかもしれない。
幸い一度挨拶に来て勝手は知ってるから、大体の場所は分かってるから、探して歩く面倒はない。
ここだろうといい加減に見当をつけて、ごめんごめんと二返、二度ばかり言うと奥から50ぐらいな年寄りが古風な紙燭をつけて出てきた。
うらなりくんの家を見つけました。
で、ごめんくださいと言って入っていたら、奥からね、50歳ぐらいのお年寄りが紙燭、これはまぁあの灯りのことですね。灯りをつけて外に出てきた。
俺は若い女も嫌いではないが、年寄りを見るとなんだか懐かしい心持ちがする。
大方清が好きだから、その魂が方々のおばあさんに乗り移るんだろう。
方々っていうのは、ま、あちこちの、いろんな場所のお年寄り、おばあさんに清の魂がね、乗り移っているんだろうと。
はい、これは大方、ま、きっと、おそらくうらなりくんのおっかさん(お母さん)だろう。
切り下げの品格のある婦人だが、よくうらなりくんに似ている。
この切り下げというのは、ここでは、切り下げ髪と言って、首ぐらいでね、バサッと切った、え、切って下ろした髪型のことを切り下げと呼んでいたそうです。
そんな髪型をした、ま、品のいいあの奥さん、ね、婦人だけどよくうらなりくんに似ている。
「まぁお上がり」と言うところを、ちょっとお目にかかりたいから、え、うらなり先生にですね。
うらなり先生に会いたいから、と言うと、主人、これはうらなり先生のことです。
主人を玄関まで呼び出して、え、ま、うらなり先生が出てきたんですね。
で、先生に実はこれこれだがという風に事情を説明して、「君、どこか心当たりはありませんか?」と尋ねてみた。
どこか知ってる下宿先、良さそうな場所、思いつくとこはありませんか?
うらなり先生は、「それはさぞお困りでございましょう。」としばらく考えていたが、
この裏町に萩野といって老人夫婦ぎりで、老人夫婦だけで暮らしているものがある。
いつぞや、いつだったか、え、座敷を開けておいても無駄だから確かな人があるなら貸してもいいから周旋してくれと頼んだことがある。
周旋、ま、紹介することですね。
今でも貸すかどうかわからんがまぁ一緒に行って聞いてみましょう、と親切に連れて行ってくれた。
はい、萩野さんというね、おじいちゃん、おばあちゃんだけで暮らしてる、あのお家が、
前にいつか部屋が空いてるから貸してもいいなって言ってたのを思い出したから行ってみようということで一緒に行ってみました。
その夜から萩野の家の下宿人となった。
驚いたのは俺がいか銀の座敷を引き払うと、いか銀というのは、え、その日まで坊っちゃんが住んでいた下宿先の名前ですね。
そこを引き払って出ると、明くる日、翌日から、入れ違いに野田が平気な顔をして、俺のいた部屋を占領したことだ。
坊っちゃんが出るや否や、坊っちゃんが嫌っている野田がね、あのそこに住み始めたそうです。
さすがの俺もこれには呆れた。
世の中はいかさま師ばかりで、お互いに乗せっこをしているのかもしれない。
嫌になった。
いかさま師というのは詐欺師のことです。
いかさまをするというのは、ズルをするとか騙す、詐欺をするという意味ですね。
世の中はそんな人ばっかりで、お互いに、乗せっこ、これは騙し合いをするという意味だそうです。
お互い騙し合っているんだな。嫌になった。
世間がこんなものなら、俺も負けない気で世間並みにしなくちゃやりきれないわけになる。
ま、世の中の人々がね、みんなそんな騙し合いながら生きているんだったら、もう自分だって同じようにしてやろうと。
そうじゃなきゃやってられない。
納得できないと言ってますね。
巾着切りの上前をはねなければ、三度のご膳がいただけないとことが決まれば、こうして生きてるのも考えものだ。
うん、巾着切りっていうのは、巾着というのは、こう口をキュッと絞る、あの袋のことです。
で、巾着切りというのは、スリのことだそうです。
スリというのは人のお財布とかをね、シュッと盗む人のことですね。
そして、上前をはねるっていうのは、人の物、人の利益の一部を取るという意味なんだそうです。
なので、巾着切りの上前をはねると言ったら...スリをする、ま、スリをする人自体が悪い人ですね、人から物を騙し取る悪い人です。
そのスリの...あの、スリが人から盗んだお金の一部を更に奪い取る。
ま、そんなことをしなくちゃ三度の御膳がいただけない、三度のご飯も食べられない、つまり生きていけないということならば、生きてるのも考えものだ。
つまり死んだ方がましだ。
そんな世の中だったらね、死んだほうがましだと言っています。
と言って、え、だからと言って、ピンピンした達者な体で、ね、何も悪いところもない健康な元気な体で首をくくっちゃ先祖へ済まない上に外聞が悪い。
首をくくるというのは、ま、自殺するということをまぁ意味してますね。
えっと先祖へ済まない、先祖に申し訳ない。
その上外聞が悪い。
評判が悪くなる、人から見た時にね、人に悪く評価されてしまう。
考えると、物理学校などへ入って数学なんて役にも立たない芸を覚えるよりも、六百円を元手にして牛乳屋でも始めればよかった。
え、六百円というのは、坊っちゃんが、えっと最初の方でお父さんが亡くなった時にお兄さんから分けてもらったお金です。それが六百円でした。
坊っちゃんはその六百円を元手に学校に通って、そして数学の先生になったんですが、うーん、
ま、そんなことせずに、そのお金を使って牛乳屋でも始めればよかったと後悔しています。
そうすれば清も俺の側を離れずに済むし、俺も遠くからばあさんのことを心配せずに「しずに」となっていますが、せずにですね。
せずに暮らせる。
暮ら「される」となっていますが、暮らせる、暮らすことができる。
一緒にいるうちはそうでもなかったが、こうして田舎へ来てみると、清はやっぱり善人だ。
あんな気立てのいい女は日本中探して歩いたって滅多にはいない。
滅多にはない、滅多にいない。
ま、離れてみて、ね、清のありがたさが分かっているんですね。
ばあさん、俺の立つ時に少々風邪を引いていたが、今頃はどうしてるか知らん。
え、立つ時、立つというのはこう立ち上がるという意味ではなくて、ここでは出発するという意味で使われています。
先立っての手紙を見たら、さぞ喜んだろう。
この前、坊っちゃんが清に手紙を送りましたね。
その手紙のことです。
それにしてももう返事が来そうなものだが、俺はこんなことばかり考えて二、三日暮らしていた。
気になるから宿のおばあさんに「東京から手紙は来ませんか?」と時々尋ねてみるが、
聞くたんびに(聞くたびに)「何にも参りません。」来てませんと気の毒そうな顔をする。
かわいそうっていう顔をする。
ここの夫婦はいか銀とは違って元が士族だけに双方とも上品だ。
士族というのは、もともと武士だったいい家柄なので、あのここの人は上品だと言ってます。
じいさんが夜になると変な声を出して謡を謡うには閉口するが、いか銀のようにお茶を入れましょうとむやみに出てこないから、大きに楽だ。
えっと、ここではおじいさんが夜になると、謡を謡う、謡というのは、
え、昔の日本の伝統芸能の能、能楽というのがあるんですが、その謡を謡うんだそうです、おじいさんが。
それにはちょっと参る。
それはちょっと困るけど、前のとこみたいに、むやみに、ね、お茶を入れましょうかと言って部屋に来ないから、気が楽だと言っていますね。
おばあさんは時々部屋へ来て色々な話をする。
どうして奥さんをお連れなさって一緒においでなんだのぞなもし、などと質問をする。
えっと、どうして奥さんを連れてこなかったんですか、と言ってます。
ちょっとここからあのすごく方言がたくさん出てくるので、読みにくいんですけど、ちょっと方言を普通の言葉に直しながら読んでいきますね。
奥さんがあるように見えますかね。
かわいそうにこれでもまだ24ですぜ。
と言ったら、それでもあなた、24で奥さんがお有りなさるのは当たり前ぞなもし、と冒頭を置いて、
どこの誰さんは20でお嫁をおもらいたの、ね、20で、二十歳でお嫁さんをもらっただの、
どこのなんとかさんは、22で子供を二人お持ちたのと、ね、えっと22歳で子供を二人も持っただのと、
何でも例を半ダースばかり挙げて反駁を試みたには恐れ入った。
ま、今とはちょっと時代が違うので、昔なので、若くで結婚するのが当たり前だった時代ですね。そして誰でも結婚することが当たり前だった時代。
なので、このおばあさんは、24歳で、ね、あの奥さんがいるのは当たり前だ。
実際にはあの坊っちゃんは結婚してませんね。
奥さんいません。
でも、おばあさんは、ま、特に田舎の人ですからね、え、そんなの当たり前だと。
誰々さんはいくつでお嫁をもらって、誰々さんは子供がもう何人もいてっていう風に、
いろんな人を半ダースばかり、1ダースが12ですから、ま、6個ぐらいね、例を挙げて反論してきた。
反駁は反論する、反対の意見を言うという意味です。
それじゃ僕も24でお嫁をもらえるけれ、世話をしておくれんかなと田舎言葉を真似て頼んでみたら、おばあさん、正直に本当かなもし、と聞いた。
え、世話をするというのは、まぁお世話する、動物とかね、子供とかのお世話をするというのも世話をすると言いますが、
ここでは、ここで世話をするっていうのは、なんかこうセッティングするみたいな、えっと、紹介するとかですね。
あの昔はなんか紹介とかお見合いとかで結婚するのが当たり前でしたから、結婚の世話をしてくれと言ったら、
ま、結婚相手をこう誰か紹介してくれという、そういった、あの意味でここでは使われています。
本当のほんまのって、僕あ、これ「僕は」ですね。
はい。
僕は嫁がもらいたくて仕方がないんだ。
そうじゃろがなもし。
若いうちは誰もそんなものじゃけれ。
この挨拶には痛み入って返事ができなかった。
痛み入っては、恐れ入ってという意味です。
しかし先生はもうお嫁が終わりなさるに決まっとらい。
私はちゃんともうねらんどるぞなもし。
坊っちゃんはお嫁さんがいるでしょうと、もうにら...ねらんどる、これ「睨んでる」ですよね。
そう睨んでるって言ったら、そう...えっと、見抜いてる、分かってるんだからね、っていうことですね。
へー、活眼だね。活眼...これはあの、物事の本質がよく分かっているねという意味だそうです。
どうして睨んどるんですか?
なんでわかるんですか?
どうしててて...どうしてって、東京から頼りはないか頼りはないかって毎日頼りを待ち焦がれておい...おいでるじゃないかもし。
ん?え、毎日頼りを待ち焦がれておいでるじゃないかなもし。
こいつぁ驚いた。
これも、あの「こいつあ」と、え、話し言葉で「あ」になってますけど「こいつは」ですね。
こいつは驚いた。
大変な活眼だ。
当たりましたろうがなもし。
あたり...これは正解ですか?ということですね。
そうですね、当たったかもしれませんよ。
しかし今時のおなご(女の子)は昔とちごうて(違って)油断ができんけれ、お気をつけたがええぞなもし。
最近の女の子は、あの、油断ができません、気をつけた方がいいですよとアドバイスをしてます。
何ですかい?
なんだって?
僕の奥さんが東京で間男でもこしらえていますかい?
間男というのは、浮気相手の男の人ということです。
こしらえるは作るという意味なので、僕の奥さんま、実際にはいませんけど、今あの、えっとこのおばあさんに話を合わせてますね、坊っちゃん。
僕の奥さんが東京で浮気でもしてるって言うんですか?と言ってます。
いいえ、あなたの奥さんは確かじゃけれど。
確か、ま、あなたの奥さんは大丈夫ですけど。
それでやっと安心した。
それじゃあ何を気をつけるんです...ですい?
え、気をつけるんですか?
あなたのは確か、あなたのは確かじゃが。あなたの奥さんは大丈夫ですけど。
どこに不確かなのがいますかね?
ここらにもだいぶおります。
え、「おります」は「います」ですね。
先生あの遠山のお嬢さんをご存知かなもし。
ご存知ですか。
いいえ知りませんね。
まだご存知ないかなもし。
ここらであなた、一番のべっぴんさんじゃがなもし。
この「あなた」というのは、「あなた知らないんですか!?」みたいな意味が含まれていますね。
あ、で、べっぴんさんというのは美人という意味です。
綺麗な女性のことをべっぴんさんと言います。
あまりべっぴんさんじゃけれ、あまりにもべっぴんさんだから、学校の先生方はみんなマドンナマドンナと言う...言うといでるぞなもし。
まだお聞きんのかなもし。
はい、いっぱいちょっと方言が出てきてますけど、まぁだいたい、学校の先生たちは、
ね、あまりにも綺麗だからマドンナって呼んでますけど聞いたことないんですか?と言っています。
うん、マドンナですか?
僕あ...これも「僕は」ですね、僕あ芸者の名かと思った。
いいえ、あなた、マドンナと言うと、唐人の言葉で、外国の人の言葉で、べっぴんさんのことじゃろうがなもし。
そうかもしれないね。
驚いた。
大方、画学、美術ですね、の先生がおつけたなぞなもし。
野田がつけたんですかい?
野田というのは、え、本当の名前は吉川先生なんですが、坊っちゃんが勝手に呼んでるあだ名なので、野田と言っても、このおばあさんには伝わっていませんね。
野田がつけたんですかい?
いいえ、あの吉川先生がおつけたのじゃがなもし。
そのマドンナが不確かなんですかい?
そのマドンナさんが不確かなマドンナさんでなもし。
坊っちゃんはあの、前のあのお話でね、野田と赤シャツがマドンナについて話していたことがすごく気になってましたから、
はい、気になって仕方がないですね。このおばあさんからなんとかマドンナの話を引き出そうとしていますね。
厄介だね。
困ったね。
あだ名のついてる女には昔から碌なものはいませんからね。
そうかもしれませんよ。
あだ名がついてる女には昔から碌なものはいない。
碌なものはいないって言うと、いい人はいない、あだ名がついてるような女の人は、あの、みんな悪い人だ、良くないと言っています。
だから、うん確かに不確かかもしれない、悪いやつかもしれない。
本当にそうじゃなもし。
鬼神のお松じゃの妲妃のお百じゃのてて怖い女がおりましたなもし。
鬼神のお松も妲妃のお百も、私はちょっと初めて聞いたんですけど、これは、あの昔いた悪女、悪い女の人のあだ名だそうです。
マドンナもその同類なんですかね?
そのマドンナさんがなもし、あなた、そらあの、あなたをここへ世話をしておくれた古賀先生なもし。
あの方のところへお嫁に行く約束ができていたのじゃがなもし。
あなたをこの下宿に紹介してくれた古賀先生、うらなりくんのことですね、のところにお嫁に行く約束ができていた、だそうです、マドンナが。
うらなり先生とその町一番のべっぴんさんのマドンナが婚約していたんだそうです。
へー、不思議なもんですね。
あのうらなりくんが...そんな艶福のある男とは思わなかった。
人は見かけによらないものだな。
ちっと(ちょっと)気をつけよう。
艶福のある男というのは、女性からもモテる人気のある男性のことだそうです。
人は見かけによらない、見た目じゃ分からない。
そんなモテそうに見えないけど見かけによらないな、と言ってます。
ところが去年あすこの、あそこの、うらなりくんのお家のですね、お父さんがお亡くなりて。
それまではお金もあるし銀行の株も持っておいでるし、万事都合が良かったのじゃが、
それからというものは、ね、お父さんが亡くなってからというものは、どういうものか急に暮らし向きが思わしくなくなって。
まぁちょっと貧しくなったんでしょうね。
お金がなくなって、つまり古賀さんがあまりお人が良すぎるけれ、お騙されたんぞなもし。
それやこれやでお輿入れも延びているところへ、あの教頭さんがおいでて是非お嫁に欲しいとおいいるのじゃがなもし。
うらなり先生が人が良すぎるので、騙されてね、ちょっとお父さんが亡くなった後にお金に困るようになった。
で、そんなこんなで、え、お輿入れ、これは結婚のことだそうです。
婚約してたんだけど、ま、色々あって結婚が延びてるところへ、あの教頭さん、赤シャツですね、がやってきて「是非マドンナをお嫁に欲しい」と言い出した。
なんかちょっとドロドロしてきましたね。
あの赤シャツがですか?
ひどいやつだ。
どうもあのシャツはただのシャツじゃないと思ってた。
それから?
もう坊っちゃんは色々知りたくてたまりません。
人を頼んで懸け合うてみると、遠山さんでも古賀さんに義理があるからすぐには返事はできかねて、まあよう考えてみようぐらいの挨拶をしたのじゃがなもし。
マドンナの方も、ま一応うらなりに義理がある、ね、あのうらなりさんに悪いから、古賀さんに悪いから、
あの赤シャツに言い寄られたからってすぐにはオッケーできない。
だからちょっと考えよう、ぐらいの返事をしてたんだけれども、赤シャツが、
手づるを求めて遠山さんの方へ出入りをおしるようになって、とうとうあなたお嬢さんを手懐けておしまいたのじゃがなもし。
えっと、まぁなんとかちょっと繋がりを作ろうとして、遠山さんのところに出入りをするうちに、え、マドンナがね、手懐けられてしまった。
手懐けるというのは、ま、うーん、ま、例えば動物とかを懐かせる、え、懐かせて言うことを聞かせるみたいな意味で、あの使います。手懐ける。
なのでまぁ、うまくね、あの手懐けられて、マドンナは赤シャツに、ま、言いくるめられたというか、はい、そんな感じですね。
赤シャツさんも赤シャツさんじゃがお嬢さんもお嬢さんじゃてて、みんなが悪く言いますのよ。
一旦古賀さんへ嫁に行くてて承知をしときながら、今更学士さんがおいでたけれ、その方に変えよてて。
それじゃあ今日様へ済むまいがなもし、あなた。
はい、え、ちょっと分かりやすく言うと、はい、もともとマドンナとうらなりさんが、え、うらなり先生が婚約してました。
で、そこにまちょっとお父さんが亡くなり、色々大変で、あの結婚の時期が延びているところに赤シャツがやってきて、うまく手懐けて。
この赤シャツも悪いけど、マドンナもマドンナで、
あの一旦ね、古賀さんと結婚しますって約束をしときながら、今更...学士さんというのはまぁあの赤シャツのことですね。
赤シャツ大学を出て、あの、高学歴です。
ね、そんな高学歴の、ね、人にちょっと言い寄られたからって、そっちに乗り換えるだなんて、今日様へ済むまい。
今日様というのは、え、別の言い方をするとお天道様、え、太陽のことです。お日様のことです。
え、お天道様、ね、太陽というのは、あのある意味ちょっとこう神様のような存在なんですよね。
はい、で、え、うーん...よくね、「お天道様が見ている」って言ったりもします。
例えば何か悪いことをした時、ね、誰にも見られてない、誰にもバレてないって思っても、お天道様はいつも見てるよと。
だからあの、まぁお天道様に見られて恥ずかしいようなことはしてはいけない、そういう意味でね、使うことがあります。
はい。
全く済まないね。
今日様どころか、明日様にも明後日様にもいつまで行ったって済みっこありませんね。
はい。ちょっとこれをね、今日様にかけて、ま、あの明日とか明後日とか言っていますけど。
ま、あのそんなの許されないですね、ということですね。
済みっこない。
〇〇っこないと言うと、ま、許されっこないとかも言いますけど、許されるはずがない、済むはずがない。
あとは、できっこないって言ったらできるはずがない。
はい、という意味です。
それで古賀さんにお気の毒じゃてて、ね、古賀さんがかわいそうだと言って、お友達の堀田さん、堀田さんは、えっと山嵐ですね。
山嵐が教頭のところへ意見をしにお行きたら、え、赤シャツさん、教頭が、あしは、「あし」は私のことです。
私は約束のあるものを横取りするつもりはない。
破約になればもらうかもしれんが、今のところは遠山家とただ交際をしているばかりじゃ。
遠山家と交際をするには別段古賀さんに済まんこともなかろうとお言いるけれ、堀田さんも仕方がなしにお戻りたそうな。
赤シャツさんと堀田さんはそれ以来折り合いが悪いという評判ぞなもし。
はい。
えっと、赤シャツは、え、うらなり先生とマドンナの仲が破約になれば、破約、破談ですね。
その約束がなしになれば、え、もらうというのは、嫁にもらう、結婚するということですね。
結婚するかもしれないけれど、今のところは別にそんな横取りするつもりはなくって、ただ交際しているだけだと。
それ...別に、ただ交際するだけなら、あの、いいだろうと言うので、ま、堀田さんもね、言い返せずに、あの、なんでしょう...引き下がったんですね。
山嵐もですね。
はい。それ以来、赤シャツさんと堀田さんは仲が悪いらしいよと。
はい。
よく色々なことを知ってますね。どうしてそんな詳しいことが分かるんですか。
感心しちまった。
狭いけれ何でも分かりますぞなもし。
狭いから、狭い町だから、田舎だから、あの、まぁ噂はすぐ広まりますよね。
分かりすぎて困るくらいだ。
この様子じゃあ、俺の天ぷらや団子のことも知ってるかもしれない。
厄介なところだ。
しかし、おかげさまでマドンナの意味もわかるし、山嵐と赤シャツの関係も分かるし、大いに後学になった。
後学になるっていうのは、ま、あの、ためになるっていうことですね。
ただ困るのはどっちが悪者だか判然しない。
え、赤シャツと山嵐、結局どっちが悪いのかが、あのはっきりとしない。
俺のような単純なものには、白とか黒とかはっきりと、ね、片付けてもらわないと、赤シャツか山嵐か、どっちの見方をしていいかわからない。
赤シャツと山嵐たあ、これ「たあ」は、「は」(とは)ですね。
赤シャツと山嵐と言ったらどっちがいい人ですかね。
山嵐ってなんぞなもし。
坊っちゃんは自分一人で自分の中で決めたあだ名を、もう当たり前のように使ってます。
山嵐というのは堀田のことですよ。
そりゃ強いことは堀田さんの方が強そうじゃけれど。
しかし、赤シャツさんは学士さんじゃけれ、働きはある方ぞなもし。
それから優しいことも赤シャツさんの方が優しいが、生徒の評判は堀田さんの方がええ(いい)というぞなもし。
つまりどっちがいいんですかね。
つまり月給の多い方が偉いのじゃろうかなもし。
はい、おばあさんは、え、給料が多い方が偉いと言っています。
これじゃあ聞いたって仕方がないからやめにした。
それから二、三日して学校から帰ると、おばあさんがニコニコして「へえ、お待ち遠さま。やっと参りました。」
と一本の手紙を持ってきて「ゆっくりご覧。」と言って出ていった。
取り上げてみると、清からの便りだ。
付箋が二、三枚ついているからよく調べると、付箋はこういうね、ペタッと貼る紙ですね。
(付箋)が二、三枚ついてるからよく調べると、山城屋からいか銀の方へ回って、いか銀から萩野へ回ってきたのである。
その上、山城屋では一週間ばかり逗留している。
逗留、ま、そこで留まっていたということだと思います。
宿屋だけに手紙まで止めるつもりなんだろう。
開いてみると非常に長いもんだ。
ここからが、清からの手紙の内容です。
坊っちゃんの手紙をいただいてからすぐ返事を書こうと思ったが、生憎風邪を引いて一週間ばかり寝ていたものだから、つい遅くなってすまない。
その上、今時のお嬢さんのように読み書きが達者でないものだから、上手じゃないから、こんなまずい字でも書くのによっぽど骨が折れる。
こんな下手な字を書くのにも、え、すごく「骨が折れる」というのは、ま、苦労する、大変な思いをする。
甥に代筆を頼もうと思ったが、代筆というのは代わりに書いてもらうことですね。
せっかくあげるのに自分で書かなくちゃ坊っちゃんに済まないと思って、わざわざ下書きを一返して、一回して、それから清書をした。
清書っていうのは、下書きをした後にもう一回、本番で書き直すことですね。
清書をするには二日で済んだが、下書きをするには四日かかった。
読みにくいかもしれないが、これでも一生懸命に書いたのだから、どうぞ、しまいまで、最後まで読んでくれ。
という冒頭で、その冒頭というのは始まりですね。始まりの部分だけで、四尺ばかりなんやらかやらしたためてある。
なんやらかんやら、したためるというのは、ま、書くことです。
ま、四尺っていうのは、尺というのは長さの、昔の長さの単位ですけど、ま、とにかく初めの前置きが長いということを言っていますね。
なるほど読みにくい。
字がまずいばかりではない。
ね、字が下手なばかりではない。
大抵ひらがなだから、どこで切れてどこで始まるのだか、句頭をつけるのによっぽど骨が折れる。
句頭、句読点...句点というのは「、」のことですね。読点は「。」のことですね。
点とか丸で区切るのが大変だ。
どこからどこまでが一文なのか、どこで区切ればいいのかが分からないと言っています。
俺はせっかちな性分だから、せっかちというのは、もう何でも待てない人、早く早くしたい人。
そういう性格だから、こんな長くてわかりにくい手紙は五円やるから読んでくれ、お金払うから読んでくれと言われたって、ね、頼まれても断るのだが、
この時ばかりは真面目になって初めからしまいまで読み通した。
はい、やっぱりね、あの坊っちゃんは清のことをとても大切に思っています。
はい、こんなね、あの世の中にも人にも文句の多いぼっちゃんですが、清のことだけは、ま、なんだかんだ言いながらも、すごく大事にしていますね。
部屋の中は少し暗くなって、前の時より見にくくなったから、とうとう椽鼻へ出て腰をかけながら丁寧に拝見した。
椽鼻は、えっと縁側のことです。
昔の日本の家には縁側と言って、部屋からちょっとね、こう窓を開けて外に出て座る場所がありました。
そこのことです。
すると、初秋の風が芭蕉の葉を動かして素肌に吹き付けた帰りに、読みかけた手紙を庭の方へなびかしたから、
しまい際には四尺余りの半切れが、さらりさらりとなって、手を離すと向こうの生垣まで飛んでいきそうだ。
なんかちょっとここ素敵な文章でしたけど、えっと外で読んでいるので、え、ま、秋の初めの、こう風がね、ふわぁっと吹いて、え、芭蕉は植物の名前です。
ね、風がその芭蕉の葉を動かして素肌に吹き付けた帰りに、この風がね、読みかけた手紙をこう、しゅっとこう風が吹いてね、
庭の方へなびかしたから、え、紙が、その手紙が、手を離したら飛んでいってしまいそうだった。
俺はそんなことには構っていられない。
坊っちゃんは竹を割ったような性格、え、気性、気性って性格ですね。
竹を割ったような性格というのは、もうスパンとね、竹はスパンと割れるので、そういうさっぱりした、え、ネチネチしてないはっきりした性格のことを言います。
だが、ただ癇癪が強すぎて、すぐ怒るからね、坊っちゃんは。
それが心配になる。
あ、これはあの清が言ってるんですね、手紙の中で。
他の人にむやみにあだ名なんかつけるのは、人に恨まれる元になるから、やたらに使っちゃいけない。
もしつけたら清だけに手紙で知らせろ。
はい。前の手紙で坊っちゃんが色々先生たちにあだ名をつけた話をしたので、え、清が、そんなことやめなさいと言っています。
田舎者は人が悪いそうだから、気をつけてひどい目に遭わないようにしろ。
気候だって東京より不順に決まってるから、東京よりもね、天気が悪いに決まってるから、寝冷えをして風邪を引いてはいけない。
坊っちゃんの手紙はあまり短すぎて様子がよくわからないから、この次にはせめてこの手紙の半分ぐらいの長さを書いてくれ。
宿屋へ茶代を、ま、茶代、チップみたいな感じで、なんかお金をあげたことがありましたね、前に。
五円やるのはいいが、後で困りゃしないか。
田舎へ行って頼りになるは、お金ばかりだから、なるべく倹約して、お金を使いすぎないで、万一の時に差し支えないようにしなくちゃいけない。
ね、困らないようにちゃんとお金を貯めときなさいと。
もうあの清はお母さんのように坊っちゃんに色々ね、坊っちゃんのことを心配して、あれやこれや言っています。
お小遣いがなくて困るかもしれないから、為替で十円あげる。
え、為替、ここでは、あのなんか小切手か何かで送るという意味みたいです。
はい。
先だって、前に、坊っちゃんからもらった五十円を坊っちゃんが東京へ帰って家を持つ時の足しにと思って郵便局へ預けておいたが、
この十円を引いてもまだ四十円あるから大丈夫だ。
前ね、坊っちゃんが清にと言って五十円あげたんですけど、それを清はなんと、使わずに坊っちゃんのために取っているんだそうです。
その中から十円送ってくれました。
なるほど女というものは細かいものだ。
俺が椽鼻で清の手紙をひらつかせながら、ひらひらさせながら考え込んでいると、仕切りの襖を開けて萩野のおばあさんが晩飯を持ってきた。
まだ見ておいでるのかなもし。
えっぽど、よっぽどですね、余程長いお手紙じゃなもし、と言ったから、
えぇ大事な手紙だから風に吹かしては見、吹かしては見るんだと、自分でも要領を得ない、自分でもわけのわからない返事をして膳についた。
膳につく、え、食事をするということですね。
ま、食事の席についた。
見ると今夜もサツマ芋の煮付けだ。
ここの家はいか銀よりも丁寧で親切で、しかも上品だが、惜しいことに食い物がまずい。
昨日も芋、おとといも芋で、今夜も芋だ。
俺は芋は大好きだと明言したには相違ないが、確かに芋が好きだと言ったが、こう立て続けに芋を食わされては命が続かない。
うらなりを笑うどころか俺自身が遠からぬうちに芋のうらなり先生になっちまう。
え、うらなりくんの名前の由来を覚えてますか。
うらなりというのは、ま、二つ意味があって、こう青白い、不健康そうな顔色をした人のことを、うらなりと言うのと、
あとはきゅうりとか、かぼちゃとか、そういう野菜が熟れて蔓の先の方になっていることを、うらなりって言うんだそうです。
で、坊っちゃんは、うらなり先生のことを、うらなりのかぼちゃ、ね、その蔓の先の方にできたかぼちゃばっかり食べてるから、
そんな青白い不健康そうな顔になるんだと心の中で言って、まぁあの馬鹿にしてたんですけど、最初あだ名をつける時ね。
えっと、こんな芋ばっかり食べさせられていたら、遠からぬうちに、というのは近い将来、ね、自分もうらなり先生みたいになってしまうと言っています。
清ならこんな時に俺の好きなマグロの刺身かかまぼこの付け焼きを食わせるんだが。
貧乏士族のケチん坊と来ちゃ仕方がない。
ケチん坊、ケチですね。
え、どう考えても清と一緒でなくっちゃダメだ。
清と一緒にいたい。
もしあの学校に長くでもいる模様なら、いる様子なら、東京から呼び寄せてやろう。
天ぷらそばを食っちゃならない、団子を食っちゃならない、それで下宿にいて芋ばかり食って黄色くなっているなんて教育者は辛いものだ。
禅宗坊主だって、これよりは口に栄耀をさせているだろう。
禅宗というのは、え、仏教の一つの宗派。
仏教にも色んな種類があって、その一つに禅宗というのがあるんですけど、
そのお坊さんだって、え、栄耀、うーん...ま、もっと贅沢をしているだろう、もっといいものを食べているだろう、と言っています。
俺は一皿の芋を平らげて、平らげて、は、全部食べてしまって、
机の引き出しから生卵を二つ出して、茶碗の縁で叩き割ってようやく凌いだま、それでなんとか我慢した。
生卵ででも栄養を取らなくっちゃ、一週21時間の授業ができるものか。
え、ここちょっと引き出しとか、栄養とかね、ちょっとね、漢字が、うーん、当て字を使っていますね。
今は使わない漢字が使われています。
今日は清の手紙で湯に行く時間が遅くなった。
お風呂ですね。
しかし、毎日行きつけたのを一日でも欠かすのは心持ちが悪い。
汽車にでも乗って出かけようと、例の赤手ぬぐいをぶら下げて停車場まで来ると、二、三分前に発車したばかりで少々待たなければならぬ。
ベンチへ腰をかけて敷島をふかしていると、偶然にもうらなりくんがやってきた。
駅で汽車を待ちながら敷島、これはタバコの銘柄、タバコのブランドだそうです。
え、タバコを吸ってると、うらなりくんが来ました。
俺はさっきの話、え、おばあさんから聞いた、ね、かわいそうなマドンナとの話ですね、を聞いてから、うらなりくんが尚更気の毒になった。
普段から天地の間に居候をしているように小さく構えているのがいかにも哀れに見えたが、今夜は哀れどころの騒ぎではない。
うん、えっと、天地。
天と地ですね、の間に居候をしている。
ちょっとすごく独特な表現ですが、ま、おそらく私の予想では何を言おうとしているかというと、え、居候っていうのは住ませてもらってる。
例えば、あのうちに誰かが居候するって言ったら、ま、ちょっと一時、しばらくの間、住む場所がないから、
うちの空いてる部屋を一部屋貸してあげて住ませてあげる。
これが居候ですね。
え、天地の間、つまりこの世に、あの生きているというよりかは、この世にちょっと居候をしているかのように小さく構えているのが、
まぁかわいそうに、哀れに、ね、見えたが、今夜はさっきの話を聞いたので、哀れどころの騒ぎではない。
それ以上だと言っています。
はい。
できるならば、月給を倍にして、遠山のお嬢さんと明日から結婚させて一ヶ月ばかり東京へでも遊びにやってやりたい気がした矢先だから。
矢先っていうのは、ま、そんな気がしたばっかり、え、ちょうど今そんな気がしていたところだったから。
え、「やぁお湯ですか?
さあ、こっちへおかけなさい。」座ってくださいと、威勢よく席を譲ると、うらなりは恐れ入った体裁で、恐れ入った様子で、
「いえ、かもうておくれなさるな。(構わないでください。)」と、遠慮だか何だか、やっぱり立ってる。
坊っちゃんが席を譲ろうとしたんだけど、あ、いいです、と、はい、断って立ってます。
「少し待たなくちゃ出ません。くたびれますからおかけなさい。」とまた勧めてみた。
くたびれるというのは、疲れるですね、はい。
実はどうかして側へかけてもらいたかったくらいに気の毒でたまらない。
かわいそうでたまらない。
「それではお邪魔をいたしましょう。」と、ようやく俺の言うことを聞いてくれた。
世の中には、野田みたように、ね、野田のように生意気な、出ないで済むところへ、必ず顔を出すやつもいる。
山嵐のように俺がいなくっちゃ日本が困るだろうというような面を肩の上へ乗せているやつもいる。
だから、偉そうだと言いたいんですね。
そうかと思うと、赤シャツのようにコスメチックと色男の問屋を持って自ら任じているものもある。
うん、え、コスメチックというのは調べたところ、昔あった整髪料、髪を整える、なんだろう...今で言うワックスみたいなものの名前なんだそうです。
まぁまぁ、えっと、坊っちゃんなりの表現で、赤シャツは男のくせに、あのおしゃれなんかして...という風に馬鹿にしているんですね。
はい。
え、教育が生きてフロックコートを着れば俺になるんだと言わぬばかりの狸もいる。
狸は校長ですね。
フロックコートというのは、ま、スーツみたいなものだそうです。
教育にスーツを着せたもの、それが俺だ!みたいなね、風に、教育者気取りをしているえ、校長もいる。
みなみなそれ相応に威張ってるんだが、このうらなり先生のように、あれどもなきが如く...
そこにいるのにいないかのように、人質に取られた人形のようにおとなしくしているのは見たことがない。
人質ってわかりますかね。
人質というのは、例えば銀行強盗、ね、銀行に強盗が入った時に、えっと強盗が誰かを人質にとって、
「こいつを殺されたくなかったら金を出せ」みたいなことを言います。
これが人質です。
ま、人質に取られたらもうね、怯えて動けず言葉も出せず、大人しくしていますよね、怯えてね。
はい。それぐらいにうらなり先生はおとなしくしていると言っていますね。
顔は膨れているが、こんな結構な男を捨てて赤シャツになびくなんて、マドンナもよっぽど気の知れないおきゃんだ。
赤シャツが何ダース寄ったって、これほど立派な旦那様ができるもんか。
顔は膨れているっていうのは、うらなりくんの顔のことを言っています。
顔はね、かっこよくない、不細工だけど、こんな素敵な男を捨てて赤シャツになびく、赤シャツに引かれるだなんて、
マドンナもよっぽどのおきゃん...おきゃんって私は初めて聞いたんですが、調べたら、お転婆娘という意味だそうです。
あまりこう、お淑やかではない、え、女性らしくない男勝りの女性のことを、お転婆娘、お転婆と言ったりしますが、え、そういう意味があるそうです。
赤シャツが何ダース...ま、1ダース12とさっきも言いましたが、赤シャツがいっぱい集まったって、
あのうらなりくんと比較したら、うらなりくんの方がよっぽど立派な旦那様になると。
はい。
あなたはどっか悪いんじゃありませんか?
だいぶたいぎそうに見えますが。
「たいぎそう」というのは疲れているとか、きつそうってことですね。
いえ、別段これという持病もないですが。
そりゃ(それは)結構です。
体が悪いと人間もダメですね。
あなたはだいぶご丈夫のようですな。
ええ、痩せても病気はしません。
病気なんてものあ、これも「ものあ」です...って書いてますが、「ものは」ですね。
大嫌いですから。
うらなりくんは俺の言葉を聞いてニヤニヤと笑った。
ところへ、そこへ、入り口で若々しい女の笑い声が聞こえたから、何心なく振り返ってみると、え、何気なく振り返ってみると、えらいやつが来た。
えらいというのは、偉いっていうよりかは、すごいとか大変なという、はい、意味もあります。
色の白いハイカラ頭の背の高い美人と、45、6の奥さんとが並んで切符を売る窓の前に立っている。
えっと、ハイカラっていうのは、当時、明治時代ですから、えっと、日本が開国をして、海外の文化が取り入れられるようになった頃です。
え、その当時、その西洋の文化とかを取り入れた、ちょっとおしゃれな人のことをハイカラと言っていました。
だからまぁ、洒落てる、ね、色が白くて洒落ていて、背の高い美人な人が来ました。
俺は美人の形容などができる男でないから何にも言えないが、全く美人に相違ない。
形容をするっていうのは、ま、言葉で表現をするということですね。
なんだか水晶の玉を香水で温めて、手のひらへ握ってみたような心持がした。
ちょっと独特ですが、もう坊っちゃんなりの表現で、なんかこう見たこともないような美しさを、ま、あの伝えようとしているんだと思います、これ。
年寄りの方が背は低い。
しかし顔はよく似ているから親子だろう。
俺は、「いや、来たな」と思う途端に、うらなりくんのことはすっかり忘れて、若い女の方ばかり見ていた。
するとうらなりくんが突然、俺の隣から立ち上がって、そろそろ女の方へ歩き出したんで、少し驚いた。
マドンナじゃないか、と思った。
三人は切符所の前で軽く挨拶している。
切符所、ま、切符売り場ですね。
遠いから何を言っているのか分からない。
停車場の時計を見ると、もう五分で発車だ。
早く汽車が来ればいいがなと、話し相手がいなくなったので待ち遠しく思っていると、また一人、慌てて場内へ駆け込んできたものがある。
見れば赤シャツだ。
なんだかべらべら然したる着物へ縮緬の帯をだらしなく巻きつけて、例の通り金鎖をぶらつかしている。
え、ま、縮緬というのは、えっと、生地、織物の生地の種類ですね。
で、その帯というのは、着物にこう巻く、お腹のところに巻くもののことです。
これをだらしなく巻き付けてて、金のチェーンをぶらぶらぶらつかしている。
ま、当時では目立つ格好をしていたんですね。
はい。
あの金鎖は偽物である。
赤シャツは誰も知るまいと思って見せびらかしているが、俺はちゃんと知ってる。
赤シャツは駆け込んだなり、何かキョロキョロしていたが、切符売りさげ所の前に、切符売り場の前に話している三人へ、
慇懃にお辞儀をして何か二言三言言ったと思ったら、急にこっちへ向いて例のごとく猫足に歩いてきて、
「やぁ、君も湯ですか。僕は乗り遅れやしないかと思って心配して急いできたら、まだ三、四分ある。」
え、赤シャツは急いでやってきて、こう三人というのはマドンナとそのお母さんとうらなり先生のことですね、に、慇懃に、ま、礼儀正しくお辞儀をして、
で、猫足、猫のようにこう音を立てずに、あの赤シャツの独特の歩き方で坊っちゃんの方に近づいてきました。
で話しかけてきました。
はい。
乗り遅れやしないかと思って心配して急いできたらまだ三、四分ある。
あの時計は確かしらん。
あの時計は正しいのかな、合ってるのかな、と、え、自分の金側、ま、その金の時計ですね。
金のチェーンにね、ぶらつかせて持ってきたその時計を出して、二分ほど違っていると言いながら、俺のそばへ腰を下ろした。
女の方はちっとも見返らないで、え、杖の上に顎を乗せて正面ばかり眺めている、年寄りの夫人は時々赤シャツを見るが、若い方は横を向いたままである。
いよいよマドンナに違いない。
やがてピューッと汽笛が鳴って車がつく。
待ち合わせた、え、連中は、待っていた人々は、ぞろぞろ吾勝ちに...え、我先に乗り込む。
自分が一番に乗るぞと言って、あの汽車に乗り込んでいきます。
赤シャツは、いの一号に上等へ飛び込んだ。
いの一号に、いの一番に、真っ先に、え、上等へ飛び込んだ。
上等っていうのは、あの、この汽車にはおそらくえっと、レベルがあって、席にね。
上等と、あと次に出てくるんですけど、下等。
はい、いい席と良くない席があります。
え、赤シャツは上等に飛び込んだ。
上等へ乗ったって威張れるどころではない。
住田まで上等が五銭で、下等が三銭だから、わずか二銭違いで上下の区別がつく。
だから、二銭しか変わらないんだから、上等に乗ったからって別に威張れるようなことではないと言ってます。
はい。
え、こういう俺でさえ上等を奮発して白切符を握ってるんでもわかる。
坊っちゃんも上等の切符を買ったんですね。
最も田舎者はケチだから、たった二銭の出入りでもすこぶる苦になると見えて、大抵は下等へ乗る。
赤シャツの後からマドンナとマドンナのお袋、お袋はお母さんのことです、が上等へ入り込んだ。
うらなりくんは活版で押したように下等ばかりへ乗る男だ。
これは、あの印刷のことですね。
だからコピーしたかのように、あの、ま、ハンコを押したかのように、もういっつも下等に乗る男だ。
先生、下等の車室の入り口へ立って、なんだか躊躇の体であったが、
ちょっと躊躇してる、どうしようかなとしていたけど、俺の顔を見るや否や思い切って飛び込んでしまった。
俺はこの時なんとなく気の毒でたまらなかったから、うらなりくんの後から、すぐ同じ車室へ乗り込んだ。
坊っちゃんは上等の切符を買っていたのに、うらなりくんがかわいそうで、気の毒で、え、一緒に下等の席に着きました。
上等の切符で下等へ乗るに不都合はなかろう。
うん、下等のね、安い切符を買って、高い、え、席に座るのは問題ですけど、高い切符を買っといて安い方の車両に乗るのは別にいいだろうということですね。
はい。
はい。
温泉へ着いて三階から浴衣のなりで、浴衣のままで、湯壺へ降りてみたら、湯壺は、ま、お風呂ですね。
またうらなりくんに会った。
俺は会議や何かでいざと決まると喉がふさがって喋れない男だが、普段はずいぶん弁ずる方だから、色々湯壺の中でうらなりくんに話しかけてみた。
え、坊っちゃんは会議のような場所では、ま、前回も出てきましたけど、あのなかなか言葉が出てこないタイプなんだけど、
普段は弁ずる、ま、口が達者というか、ま、よく喋る方なんですね。
なんだか哀れぽくってたまらない、ね、かわいそう。
こんな時に一口でも先方の心を慰めてやるのは、江戸っ子の義務だと思っている。
坊っちゃんの江戸っ子のプライドが、ね、あのうらなりくんを慰めてやろうという気持ちにさせています。
ところが生憎うらなりくんの方ではうまい具合にこっちの調子に乗ってくれない。
何を言っても、「ええ」とか「いえ」とかぎりで、しかもその「ええ」と「いえ」がだいぶ面倒らしいので、しまいにはとうとう切り上げてこっちから御免被った。
うらなりくんはね、「ええ」「いいえ」ぐらいしかもう言わなくて全然話に乗ってこないから、
あの、もうこっちがごめんだと言って、え、切り上げて話すのをもうやめました。
湯の中では赤シャツに会わなかった。
もっとも風呂の数はたくさんあるのだから、同じ汽車で着いても同じ湯壺で会うとは決まっていない。
別段不思議にも思わなかった。
風呂を出てみるといい月だ。
町内の両側に柳が植って、柳は木の種類です。
柳の枝が丸い影を往来の中へ落としている。
え、往来というのは、うーん、よく使うのは、行き来という意味でよく使います。
例えば、ここは車の往来が激しいと言ったら、車がたくさん行き来しているという意味です。
え...(です)が、ここでは道路という意味で使われているようです。
はい。
少し散歩でもしよう。
北へ登って町の外れへ出ると、左に大きな門があって、門の突き当たりが、え、門を歩いて行った一番、あの奥が、ですね、え、お寺で左右が妓楼である。
え、山門、これはお寺の門のことです、の中に遊郭があるなんて前代未聞の現象だ。
え、この妓楼も遊郭も、昔の、え、大人の男性が遊ぶ場所です。
え、前代未聞。そんなの見たことも聞いたこともないということですね。
信じられないということを表現しています。
ちょっと入ってみたいが、また狸から会議の時にやられるかもしれないから。
ま、そういう場所に教師が行ってはいけないという風に言われていましたね、前の会議でも。
やめて素通りにした。
入らずに素通りした。
え、門の並びに黒い暖簾をかけた小さな格子窓、格子窓は網網の窓です...の平屋は、平屋っていうのはあの二階建てじゃない家ですね、建物ですね。
俺が団子を食ってしくじったところだ。前に団子を食べてその噂を立てられて失敗した場所だ。
丸提灯に、丸い提灯に汁粉、お雑煮と書いたのがぶら下がって、提灯の灯が軒端に近い一本の柳の幹を照らしている。
え、軒端は、屋根の端っこだそうです。
はい。
食いたいなと思ったが我慢して通り過ぎた。
食いたい団子の食えないのは情けない。
しかし自分の許嫁が他人に心を移したのは、尚を情けないだろう。
許嫁というのは昔の言葉で婚約者のことです。
はい、結婚する予定の相手ですね。
だからこれはうらなり先生のことを言っています。
マドンナが赤シャツに心を移してしまった。
乗り換えてしまったのはもっと、この団子が食べられないことよりももっと情けないだろう。
うらなりくんのことを思うと、団子はおろか、三日ぐらい断食しても不平をこぼせないわけだ。
文句は言えない、ね、うらなりくんと比べたら、団子が食べれないぐらい、三日何も食べないで過ごすことぐらいね、あの、何も不平、不満、文句は言えない。
本当に人間ほどあてにならないものはない。
あの顔を見ると、どうしたってそんな不人情なことをしそうには思えないんだが。
これはマドンナのことを言っています。
マドンナのようにあんな美しい人が不人情で、冬瓜の...冬瓜の水膨れのような、冬瓜って野菜の名前ですね。
水膨れ...膨れたような顔をした古賀さん、うらなり先生が善良な君子なのだから油断ができない。
淡白だと思った、え、淡白っていうのはさっぱりした性格だと思った山嵐は生徒を煽動したというし、生徒を煽動したのかと思うと生徒の処分を校長に迫るし。
嫌味で練り固めたような、嫌味の塊のような赤シャツが、存外、意外と親切で、俺によそながら注意をしてくれるかと思うと、マドンナを誤魔化したり。
え、ここ誤魔化すというのは、通常はなんかこう悪いことを、え、都合の悪いことを人にバレないように、隠すことを誤魔化すっていうんですけど、
おそらくここでは横取りをするとか、奪い取るという意味で使われているんだと思います。
誤魔化したのかと思うと、古賀の方が破綻にならなければ結婚は望まないんだ、と、まぁちゃんとしたことを言うし。
いか銀が難癖をつけて俺を追い出すかと思うと、すぐ野田公が入れ替わったり。
どう考えてもあてにならない。
こんなことを清に書いてやったら定めて驚くことだろう。
きっと驚くだろう。
箱根の向こうだから化け物が寄り合ってるんだというかもしれない。
え、箱根というのは、神奈川県、東京の隣の神奈川県にある地名です。
えっと、坊っちゃんがもともといたのは東京で、箱根があって、今坊っちゃんはもうずっと西の方に住んでますね。
坊っちゃんはね、もう終始この田舎のことをバカにしてますから、
え、清に言ったら箱根よりこっちはそんな変な人はいないけど、箱根よりも向こうだから、
そんな悪い人たち、化け物みたいな人たちが寄り合っている、寄り集まっているんだと言うかもしれない。
俺は生来構わない性分だから、生来っていうのは生まれつき、構わない性分、うん、あまり気にしない性格だから、
どんなことでも苦にしないで今日まで凌いできたのだが、ここへ来てからまだ一ヶ月経つか経たないうちに急に世の中を物騒に思い出した。
物騒というのは恐ろしい、怖いということですね。
はい、ま、犯罪とかがよく起こるような場所は物騒だと言います。
ここにね、やってきてから、急に世の中が物騒な場所のような気がしてきた。
別段際立った大事件にも出会わないのに、もう五つ六つ年を取ったような気がする。
早く切り上げて東京へ帰るのが一番よかろうなどと、それからそれへ考えて、ま、次から次に考えて、え、いつか石橋を渡って野芹川の土手へ出た。
色々考えてるうちに、いつの間にか、これ、いつかっていうのは多分、いつの間にかっていう感じですね。
え、石橋を渡って、え、土手というのは川の横の道、というか、川の横のこう上がったところですね。
土手に出た。
川と言うと偉そうだが、実は一間ぐらいなちょろちょろした流れで、土手に沿うて、土手に沿って十二丁ほど下ると、相生村へ出る。村には観音様がある。
えっと一間、これ、この間というのも、ま、えっと単位ですね。一間は、えっと約180センチぐらい。
え、ま、180センチぐらいのちょろちょろっとした流れの川で、
え、十二丁、この丁も、えっと一丁目、二丁目、三丁目みたいに町を区切っていう時の単位で、十二丁ほど下っていたら、村に出るんですね。
で、そしてそこには観音様、仏教の観音様がある。
湯の町を振り返ると、赤い灯が月の光の中に輝いている。
太鼓が鳴るのは遊郭に違いない。
遊郭に相違ない。
川の流れは浅いけれども、早いから、神経質の水のようにやたらに光る。
うーん...神経質の水。
神経質というのはね、すごく細かいことを気にする性格のことですね。
そんな水、どんな水でしょう。
やたらに光る。
ぶらぶら土手の上を歩きながら約三丁も来たと思ったら、向こうに人影が見え出した。
月に透かして見ると、影は二つある、湯、温泉へ来て村へ帰る若い衆かもしれない。
若い衆、若い衆(しゅう)と言いますね。若い衆って言ったら若い人たちのことです。
かもしれない。
それにしては歌も歌わない。
存外静かだ。
意外と静かだ、若者なのに。
だんだん歩いていくと、俺の方が早足だと見えて、はい、坊っちゃんの方が歩くスピードが早いんですね。
二つの影帽子が次第に大きくなる。
一人は女らしい。
俺の足音を聞きつけて、十間ぐらいの距離に迫った時、十間、15メートルぐらいでしょうか...まで近づいた時に、男がたちまち振り向いた。
月は坊っちゃんの後ろから差している。
その時、俺は男の様子を見て、はてな?と思った。
先方は何の気もつかずに最初の通り、ゆるゆる歩を移している。
歩を移す。
ま、歩き続けているってことですね。
今は話し声も手に取るように、はっきりとよく聞こえる。
土手の幅は六尺ぐらいだから...またあの聞き慣れない単位ですが、六尺っていうのは約二メートルです。
土手の幅は狭いですね。約二メートルなので、並んでいけば三人歩くのがやっと。
三人がようやくだ。
俺は苦もなく後ろから追いついて、男の袖を、袖というのは、これも袖ですけど、横という意味もあります。
男の横をすり抜けざま、すり抜けながら、二歩前へ出した足のこの踵をぐるりと返して男の顔を覗き込んだ。
月は正面から俺の五分刈の頭から顎の辺りまで...五分刈の頭は坊主でね、えっと五分刈って言ったら、うーんと、3ミリぐらい。
ね、坊っちゃんの頭は坊主です。
その、え、頭から顎の辺りまで、会釈もなく照らす。
会釈もなく...会釈っていうと普通、ま、こう、こうやってお辞儀する、これが釈ですけど。
軽くね、お辞儀する。
えっと会釈もなく、これは、えっと、遠慮もなくとか、容赦なくはっきりと照らし照らす、月がね。
男は「あっ」と小声に言ったが、急に横を向いて、もう帰ろうと女を促すが早いか、湯の町の方へ引き返した。
戻って行ったんですね。
はい。
この男は誰だったんでしょう。
次を見れば分かりますね。
赤シャツでした。
女性と歩いていたのは赤シャツでした。
赤シャツは図太くて、え、何事もなかったかのように誤魔化すつもりか、気が弱くて名乗り損なったのかしら。
名乗るというのは、ま、えっと、自分だと言うってことですね。
名乗り損なったのか。
え、何も言わずに行ってしまったんですね。
ところが、狭くて困ってるのは、この狭いというのは土手の幅のことですね。三人並んで歩くのがやっとなぐらい狭いと言いました。
狭くて困ってるのは俺ばかりではなかった。
おお、はい。
ちょっと面白くなってきたんじゃないですか。
この赤シャツと一緒に歩いていた女性は誰だったんでしょう。それはまだ分かっていませんね。
マドンナだったのか、それともまた別の女性だったのか。
赤シャツは色男ですから、別の女性の可能性もありますよね。
そして、ね、赤シャツは坊っちゃんに見られたくないところを見られてしまって、弱みを握られてしまいました。
この後、どうなるんでしょうか。
ちょっと次、楽しみです。
今日はここまでです。
また次回を楽しみにしていてください。
またね。