
こんにちは。
今日は坊っちゃんの第8回目です。
早速、読んでいきます。
赤シャツに勧められて釣りに行った帰りから山嵐を疑り出した。
赤シャツから色々と山嵐の悪口を聞いて、山嵐のことを疑い始めたんですね?
無いことを種に下宿を出ろと言われた時は、いよいよ不埒なやつだと思った。
坊っちゃんが悪くないのに、坊っちゃんに身に覚えのないことで、それを理由に、「種に」というのはそれを理由にとかきっかけにということですね。
坊っちゃんに身に覚えのないことを理由に下宿を出ろって言われた時には不埒なやつだと思った。
これはあまり使わない言葉ですが、けしからんやつだ、嫌な奴だ、悪いやつだ、ま、悪い意味ですね。
ところが会議の席では案に相違して滔々と生徒厳罰論を述べたから、おや、変だなと首を捻った。
会議の場では、案に相違してというのは、思っていたのと違って、滔々と、滔々とっていうのは、川とかが淀みなく流れる様子を表す言葉だそうです。
なので滔々と淀みなく堂々と流れるように、坊っちゃんを庇う「生徒が悪い、生徒に罰を与えるべきだ」という意見を述べたから、
うーん、変だなあ...山嵐、悪いやつだと思ってたのに...って首を捻ったんですね。
萩野の婆さんから...下宿先のお婆さんですね?
萩野の婆さんから「山嵐がうらなり君のために赤シャツと談判をした」と聞いた時は「それは関心だ」と手を打った。
談判は、戦ったということですね。
反対の意見を述べて言い合いをした?
「この様子では、悪者は山嵐じゃあるまい。
赤シャツの方が曲がってるんで、いい加減な邪推を実しやかにしかも遠回しに俺の頭の中へ染み込ましたのではあるまいか?」
と迷っている矢先へ、野芹川の土手でマドンナを連れて散歩なんかしている姿を見たから、それ以来赤シャツは偽物だと決めてしまった。
うん、前回第7回目では、うらなり君の元婚約者のマドンナと赤シャツがお風呂の帰り道に
川沿いを散歩している、デートしている姿を坊っちゃんが見てしまったところで終わりましたよね?
だから会議の後坊っちゃんが、うーん...悪者は山嵐じゃなくて赤シャツの方なんじゃないか。
赤シャツがいい加減な邪推、適当な推測を実しやかにね、さも本当かのように、しかも遠回しに坊っちゃんに言ってきて、
山嵐が悪いやつだっていう風に刷り込まれた、思い込まされたんじゃないかなって思っていたその時、
そんな矢先に赤シャツがマドンナと歩いているところを見てしまったから、赤シャツが曲者だ、変な奴だ、悪い奴だと坊っちゃんの中で決めてしまった。
曲者だか何だかよくは分からないが、ともかくも、とにかく善い男じゃない。
表と裏とは違った男だ。
うん、裏表がある人だという風に、坊っちゃんは赤シャツのことを思っています。
人間は竹のようにまっすぐでなくちゃ頼もしくない。
真っすぐなものは喧嘩をしても心持ちがいい。
赤シャツのような優しいのと親切なのと高尚なのと琥珀のパイプとを自慢そうに見せびらかすのは、油断ができない。
これは高級品を自慢するってことですね。
そんなやつは油断ができない。
油断ができないっていうのは、気を抜いたら、こっちが気を抜いたら何をされるか分からない。
だから、めったに喧嘩もできないと思った。
坊っちゃんもここで人間は竹のように真っすぐでなくっちゃって言ってますけど、よくね、竹は性格に例えられますね。
「竹を割ったような性格」と言ったら、さっぱりとした、はっきりとした性格。
ネチネチしていない、スパンと割ったようなさっぱりした性格の人のことを、竹を割ったような性格って言ったりします。
続きです。
そんな赤シャツのようなやつとは喧嘩をしても回向院の相撲のような心持ちの良い喧嘩はできないと思った。
これは私も知らなかったんですが、江戸時代の...今の相撲がありますよね、今の大相撲の元となった(江戸時代の)相撲のことを言っているそうです。
相撲の取組って、お互いに正々堂々とぶつかり合って気持ちがいい勝負ですよね。
赤シャツとはそんな喧嘩はできないと思った。
そうなると、一銭五厘の出入りで控え所全体を驚かした議論の相手の山嵐の方が、遥かに人間らしい。
坊っちゃんと山嵐は一銭五厘のお金を巡って、ちょっとやり取りがありましたね。
坊っちゃんが一銭五厘山嵐に借りがある、奢ってもらった借りがある。
だけど、坊っちゃんは山嵐に対して怒っているから、そのお金を返したい。
で、まぁ控え所の、先生たちの控え所の山嵐の机の上に置いておいたけど、山嵐は受け取ってくれなかったという、そんなやり取りがありましたね。
会議の時に金壺眼をぐりつかせて、これは、壺ってこう深く窪んでいるじゃないですか。
そんな風にこう窪んだ、窪むというのは深くこう凹みがあるということですね。
窪んだ目をぐりつかせて俺を睨めた、睨んだ時は、醜いやつだ、嫌なやつだと思ったが、後で考えるとそれも赤シャツのネチネチした猫撫で声よりはましだ。
猫撫で声というのは、猫が甘える時に出すような声ですね。
実はあの会議が済んだ後でよっぽど仲直りをしようかと思って、一言二言話しかけてみたが、
野郎返事もしないで、これは赤シャツじゃなくて山嵐のことを言ってますね。
野郎返事もしないでまだ目を剥くって見せたから、こっちも腹が立ってそのままにしておいた。
目を剥くって言ったら、これも睨むと同じような意味です。
それ以来、山嵐は俺と口を利かない。
「口を利かない」は「喋らない」ですね。
机の上へ返した一銭五厘は未だに机の上に乗っている。
埃だらけになって乗っている。
ずっと置いたままになってるので埃を被ってるんですね。
俺は無論、もちろん手が出せない。
山嵐は決して持って帰らない。
この一銭五厘が二人の間の障壁、壁になって、俺は話そうと思っても話せない。
山嵐は頑として黙っている。
頑として、この頑という字は頑固の頑ですね。
頑なにという意味です。
頑な...譲らない、態度を変えない、態度とか意見を絶対に変えない人を頑固と言いますよね。
山嵐は頑として黙っている。
俺と山嵐には一銭五厘が祟った。
この祟ったというのは、何か悪い出来事の理由になったという意味があります。
なので例えば、うーん...いつも無理をしてすごく忙しく仕事をしていて、それで病気になってしまったみたいな時に、
無理が祟って病気になったって言ったり...はい。
しまいには、最後には学校へ出て一銭五厘を見るのが苦になった。
山嵐と俺が絶交の姿となったに引き換えて、赤シャツと俺は依然として在来の関係を保って交際を続けている。
絶交というのは、友達ともう話さなくなる、喧嘩してもう口も利かなくなって、友達じゃなくなる、交際を絶つという意味ですね、これ。
絶つという意味ですから。
はい、交流、交際を絶つことを絶交と言います。
友達と喧嘩して「もう絶交」って言ったりね、しますね。
山嵐と坊っちゃんは絶交したんだけど、それに引き換えて、一方で、赤シャツとは在来の関係、今まで通りの関係を保っている。
野芹川で会った翌日などは、学校へ出ると第1番に俺のそばへ来て、君、今度の下宿はいいですかの、
また一緒にロシア文学を釣りに行こうじゃないかのと、色々なことを話しかけた。
これ、「いいですかの」「行こうじゃないかの」ってなってますけど、
うーん...「いいですかだの」「行こうじゃないかだの」って「だ」を入れた方がより自然な使い方じゃないかなと思います。
俺は少々憎らしかったから、「夕べは二返会いましたね、二度会いましたね。」と言ったら...。
赤シャツにね、まずは駅で、お風呂に行く前に駅で会ったのと、あとはお風呂の後に川沿いを赤シャツがマドンナと散歩している時にも会いましたよね?
なので「二度会いましたね」と言ったら、「えぇ、停車場で。君はいつでもあの時分に出かけるのですか。遅いじゃないか。」と言う。
赤シャツは白ばっくれてますね。
川で会ったことは、なかったことにしようとしてますね。
「野芹川の土手でもお目にかかりましたね」と喰らわしてやった、言ってやったら「いいえ、僕はあっちへは行かない。湯に入ってすぐ帰った。」と答えた。
やっぱり白ばっくれています。
何もそんなに隠さないでもよかろう。
現に会っているんだ。
現に会ってるんだ。
実際のところ会ってるんだ。
よく嘘をつく男だ。
これで中学の教頭が務まるなら、俺なんか大学総長が務まる。
総長というのはその組織の一番上の人ですね。
俺はこの時からいよいよ赤シャツを信用しなくなった。
信用しない赤シャツとは口を聞いて、感心している山嵐とは話をしない。
世の中は随分妙なものだ。
次です。
ある日のこと、赤シャツが「ちょっと君に話があるから僕の家まで来てくれ」と言うから、惜しいと思ったが、温泉行きを欠勤して4時頃出かけて行った。
ま、本当は温泉に行きたかったんだけど、お風呂に行きたかったんだけど、それをお休みにして、赤シャツのところに行きました。
普通欠勤というと、仕事を休む時に言いますね。
だから温泉に行くことは仕事ではないので、温泉行きを欠勤するっていうのは、今の言葉だとちょっとおかしく聞こえます。
赤シャツは独り者だが、独り者っていうのは独身っていうことですね。結婚していないということです。
教頭だけに、下宿はとくの昔に、とっくの昔に、遥か昔に引き払って、立派な玄関を構えている。
立派な家に住んでいます。
家賃は9円50銭だそうだ。
田舎へ来て9円50銭払えばこんな家へ入れるなら、俺も一つ奮発して東京から清を呼び寄せて喜ばしてやろうと思ったくらいな玄関だ。
「頼む」と言ったら、赤シャツの弟が取り次ぎに出てきた。
頼むっていうのは、ま、今で言ったら、人の家に訪ねて行った時に「すみません」って呼びかけることですね。
「すみません」って声をかけたら赤シャツの弟が出てきた。
この弟は学校で俺に代数と算術、つまり算数、数学ですね、を教わるいたって出来の悪い子だ。
頭の悪い子だ。
その癖渡りものだから、生まれついての田舎者よりも人が悪い。
はい、渡りものというのは、いろんな場所を渡り歩いている人のことだそうです。
だからずっと地元に住んでるんじゃなくて、引っ越しているっていうことですね。
おそらく弟は、赤シャツがこの今住んでいる場所に教頭先生として赴任してきた時に、一緒についてきた、地元を離れて一緒についてきたんだと思います。
はい、だから生まれついての田舎者、もうここに、この田舎にずっと住んでいる地元の人よりも、人が悪い、性格が悪いと言っています。
赤シャツに会って用事を聞いてみると、大将、これは赤シャツのことを指してますね。
大将例の琥珀のパイプできな臭いタバコをふかしながらこんなことを言った。
きな臭いっていうのは胡散臭い、怪しいという意味です。
君が来てくれてから、前任者の時代よりも成績がよく上がって、校長も大いにいい人を得たと喜んでいるので、
どうか学校でも信頼しているのだから、そのつもりで勉強していただきたい。
坊っちゃんのことを褒めていますね?
ま、本当に本心で褒めているのか、社交辞令で褒めているのか、坊っちゃんをいい気にさせようと持ち上げているのか分かりませんが、坊っちゃんを褒めています。
信頼してるから、そのつもりで勉強していただきたい。
この勉強は、今で言う普通の勉強というよりかは「頑張ってくださいね」というような意味だと思います。
へえそうですか?
勉強って、今より勉強はできませんが?
これ以上頑張ることはできません。
今のくらいで十分です。
ただ、先立ってお話ししたことですね。
あれを忘れずにいてくださればいいのです?
この前、お話ししたことを忘れないでくださいね。
ま、どうやら赤シャツは、この自分のお願いを言う前置きとして、坊っちゃんを褒めたみたいですね。
先立ってお話ししたことってなんでしたかね。
その後、坊っちゃんが言ってますね。
下宿の世話なんかするものは、「するものあ」って言ってますが「するものは」ですね。
剣呑だということですか。
剣呑っていうのは危険な感じがするという意味です。
下宿の世話なんかするものっていうのは、山嵐のことを言っています。
「山嵐が危険なやつだっていうことですか」と聞いてますね。
はい、釣りに行った時に赤シャツは山嵐を悪く言ってました。坊っちゃんに対して、山嵐の悪い噂を吹き込んでいましたね。
それを忘れずにいてくださいと。
だからなんか坊っちゃんと山嵐の仲を引き裂きたいというか、仲を悪くしておきたいみたいですね、赤シャツは。
そう露骨に言うと意味もないことになるが、まあいいさ。
精神は君にもよく通じていることと思うから。
露骨に言うというのは、分かりやすく、はっきりと言う。
精神は君にもよく通じている。
ま、私の言っていること、私の気持ちは君にも伝わっているだろう。
そこで君が今のように出精してくだされば、学校の方でもちゃんと見ているんだから、
もう少しして都合さえつけば、待遇のことも多少はどうにかなるだろうと思うんですがね。
ま、今のように、今まで通り頑張ってくれれば、もう少し経って色々都合がつけば待遇が多少ちょっと良くできるよと。
簡単に言えば、給料を上げるということですね。
へえ、俸給ですか。
給料ですか?
俸給なんかどうでもいいんですが、上がれば上がった方がいいですね。
それで幸い今度転任者が一人できるから、もっとも校長に相談してみないと無論受け合えないことだが、
その俸給から少しは融通ができるかもしれないから、それで都合をつけるように校長に話してみようと思うんですがね。
転任者というのは転勤する人のことですね。
別の学校に移る先生が一人いると。
で、もちろん校長に相談してみないと決められないけれども、一人先生がいなくなるから、
その先生に払っていた給料の中から少し融通して、君の給料を上げられるかもしれないという話をしています。
どうもありがとう。
誰が転任するんですか。
もう発表になるから話しても差し支えないでしょう?
差し支えないっていうのは、大丈夫でしょう。
実は古賀君です。
うらなり先生ですね。
古賀さんは、だってここの人じゃありませんか。
この地元の人ですよね。
ここの地の人ですが、少し都合があって、半分は当人の希望です。
半分は古賀先生自身の希望で転勤するんですよ。
どこへ行くんです?
日向の延岡で、土地が土地だから一級俸上がっていくことになりました。
日向の延岡は宮崎県にあります。
坊っちゃんがいるのは四国ですね。
四国の松山です。
北海道があって本州があって、四国があって九州があります。
私が住んでいる福岡は九州ですね。
福岡は九州の中でも本州に一番近いとこなんですけど、宮崎はもっと南の方にあります。
土地が土地だからというのは、田舎の方なので、田舎に飛ばされるので、給料が上がるらしいです、うらなり先生は。
宮崎に行って、もうちょっと高いお給料をもらって、そこで先生をすることになりましたと。
誰か代わりが来るんですか。
変わりも大抵決まってるんです。
その代わりの具合で君の待遇上の都合もつくんです。
うらなり先生の代わりに来る先生の給料次第で、坊っちゃんの昇給、給料がどれぐらい上がるかが決まりますと言っています。
はあ、結構です。
しかし無理に上がらないでも構いません。
ともかくも僕は校長に話すつもりです。
ま、とにかく、どっちにしても校長に相談します。
それで校長も同意見らしいが、追っては君にもっと働いていただかなくてはならんようになるかもしれないから、
どうか今からそのつもりで覚悟をしてやってもらいたいですね。
今より時間でも増すんですか。
いいえ、時間は今より減るかもしれませんが。
時間が減ってもっと働くんですか?
妙だな。
ちょっと聞くと妙だが、判然とは今言いにくいが、まぁつまり君にもっと重大な責任を持ってもらうかもしれないという意味なんです。
判然とは言いにくい。
今はまだはっきりとは言えないけれども、坊っちゃんにもうちょっと責任のある仕事を任せるかもしれない。
俺には一向分からない。
今より重大な責任といえば数学の主任だろうが...主任というのは、数学の先生の中のリーダーみたいな感じです。
今より重大な責任といえば数学の主任だろうが、主任は山嵐だから奴さん、なかなか辞職する気遣いはない。
奴さん、これは昔誰か別の人を指して言う時に使われていた言葉、三人称ですね。
彼とか、あの人みたいな三人称として使われていた言葉みたいなんですが、山嵐を指していますね。
山嵐はなかなか辞職する気はないだろう。
それに生徒の人望があるから、担任や免職は学校の得策であるまい。
山嵐は生徒に人気のある、信頼されている先生だから、山嵐が転任したり、山嵐を辞めさせたりするのは、学校にとってもいいやり方ではないだろうと。
赤シャツの談話はいつでも要領を得ない。
要領を得ないっていうのは、要点が分からない。
何を言いたいのかよくわからない。
要領を得なくっても用事はこれで済んだ。
それから少し雑談をしているうちに、うらなり君の送別会をやることや、ついては俺が酒を飲むかという問いや、
うらなり先生は君子で愛すべき人だということや、赤シャツは色々弁じた。
君子はは人格の素晴らしい人、立派な人ということですね。
ま、色々雑談をしました。
しまいに話を変えて、「君、俳句をやりますか。」と来たから、こいつは大変だと思って「俳句はやりません。さよなら。」と、そこそこに帰ってきた。
発句、まぁ俳句を詠むことですね、俳句を作ることは、芭蕉か髪結床の親方のやるもんだ。
芭蕉というのは松尾芭蕉といって、昔のとっても有名な俳句を作る人です。
髪結床、これは今で言う美容院のことを言っていますね。
ま、芭蕉か美容院の親方、店主ぐらいしか俳句なんてやらない。
数学の先生が朝顔やに釣瓶をとられてたまるものか。
これは、昔の有名な俳句で「朝顔やつるべ取られてもらひ水」という俳句があるらしいです。
ま、その句をちょっと取って、数学の先生がそんな俳句を作ったり、やるわけないじゃないかと言っています。
帰ってうーんと考え込んだ。
世間にはずいぶん気の知れない男がいる。
家屋敷はもちろん、勤める学校に不足のない故郷が嫌になったからといって、知らぬ他国へ苦労を求めに出る。
それも花の都の電車が通ってるところならまだしもだが、日向の延岡とは何のことだ?
俺は船付きのいいここへ来てさえ一ヶ月も経たないうちにもう帰りたくなった。
延岡といえば山の中も山の中も大変な山の中だ。
赤シャツの言うところによると、船から上がって一日馬車へ乗って宮崎へ行って、宮崎からまた一日車へ乗らなくてはいけないそうだ。
名前を聞いてさえ開けたところとは思えない。
猿と人とが半々に住んでいるような気がする。
いかに聖人のうらなり君だって、好んで猿の相手になりたくもないだろうに?
なんという物好きだ。
はい、ちょっとここまで一気に読みましたけど、
うらなり君が本人の希望で宮崎に赴任したいと言っているという話を赤シャツから聞いて家に帰ってきて、考え込みました。
なんでだろうと。
坊っちゃんには理解できないんですね。
だってうらなり君は立派な家もあるし、ここが地元の人間で、家族もいるし勤める学校だって不足がない、
困っていないのに、なんでわざわざ苦労をしに知らない土地に行くんだろうと。
それも...花の都というのは東京のことを指しています。
東京みたいに電車が通ってるところならまだ理解できる。
でも日向の延岡?
今坊っちゃんが住んでいるこの松山は船付きがいい場所、船でこうね、来れるから便利な場所だけど、
ここでさえ来て一ヶ月も経たないうちにも東京に帰りたくなったのに、
延岡はもっと山の中の田舎で、すごく、ここに書いてるように交通の便の悪いところだし、名前だけ聞いても開けたところとは思えない。
開けたところというのは、何でしょう...都会ですね?
栄えたところ。
猿と人間が半々で住んでるような、そんな場所だと、ものすごく宮崎を田舎だと言って馬鹿にしています。
そんな場所に行きたがるなんて、なんていう物好きだ。
物好き、これちょっと字は違いますけど、今でもよく使う言葉ですね。
物好きと言ったら、あまり普通の人が好まないようなものを好む人のことを物好きと言います。
ところへ、その時、相変わらず下宿先の婆さんが夕飯を運んで出る。
今日もまた芋ですかいと聞いてみたら、いえ今日はお豆腐ぞなもしと言った。
どっちにしたって似たものだ。
芋も豆腐も一緒だ。
坊っちゃんがお婆さんに話しかけます。
お婆さん、古賀さんは日向へ行くそうですね?
本当にお気の毒じゃなぁもし。
かわいそうですね。
お気の毒だって、好んで行くんなら仕方がないですね。
好んで行くて、誰がぞなもし?
誰が好んでいくんですか。
誰がぞのもしって、当人がさ。
古賀先生が物好きに行くんじゃありませんか。
お婆さんがこう言います。
それはあなた、大違いの勘五郎ぞなもし。
勘五郎かね。
だって今、赤シャツがそう言いましたぜ。
それが勘五郎なら赤シャツは嘘つきの法螺右衛門だ。
勘五郎も法螺右衛門も、これは言葉遊びをしているだけなのであまり意味はありません。
教頭さんがそうお言いるのはもっともじゃが、古賀さんのお行きともないのももっともぞなもし。
教頭先生の言うことも正しいけど、古賀さんが行きたくないのも本当ですよ、事実ですよって言ってますね。
そんなら両方もっともなんですね。
お婆さんは公平でいい。
一体どういうわけなんですい?
どういうことですか?
今朝古賀のお母さんが見えて、来て、見えてというのは来てということですね。
だんだん訳をお話ししたがなもし。
はい、このだんだんっていうのは、今は例えば「だんだん難しくなってきた」とか、「だんだん暗くなってきた」とかちょっとずつっていう意味で使いますよね。
でもここでは、だんだん順を追って、順にという意味だそうです。
なので、「だんだん訳をお話ししたがなもし」は、順を追って説明しましたっていうことですね。
どんな理由をお話したんです。
あそこもお父さんがお亡くなりてから、私たちが思うほど暮らし向きが豊かにのうてお困りじゃけれ。
お母さんが校長さんにお頼みて、もう四年も勤めているものじゃけれ、どうぞ毎月いただくものを今少し増やしてくれんかてて、あなた。
すごい方言がたくさん出てきましたけど、うらなり先生のお家はお父さんが亡くなってから、ちょっと暮らし向きが悪くなった、ちょっとお金に困っている。
だから、お母さんが校長先生に、もうね、4年もこの学校に勤めてるんだから、
毎月いただくもの、つまり給料ですね、少しあげてくれませんかって頼んだんだそうです。
なるほど。
校長さんが、ようまあ考えて見とこうとお言いたげな。
言ったらしい。
それでお母さんも安心して、今に増給の御沙汰があろうぞ?
今月か来月かと首を長くして待っておいでたところへ、校長さんが「ちょっと来てくれ」と古賀さんにお言いるけれ、行ってみると
「気の毒だが学校は金が足りんけれ、月給をあげるわけにゆかん。しかし延岡になら空いた口があって、
そっちなら毎月五円余分に取れるから、お望み通りでよかろうと思って、その手続きにしたから行くがええ」と言われたげな。
はい、ここの部分ちょっと要約します。
お母さんに給料上げてくださいって頼まれて、校長先生は、「ま、ちょっと考えてみます」と言ったので、
お母さんは「ああ、よかった」今に増給の御沙汰があろうぞ。
沙汰というのは「知らせ」みたいな意味があります。
今の言葉だとどんな時に使うかというと、例えば久しぶりに連絡をする時とかに「ご無沙汰しております」お久しぶりですみたいな意味ですね。
しばらくずっと知らせがなかったので、「ご無沙汰しております」って言ったり、例えばずっと連絡がないことを「音沙汰ない」と言ったりします。
なので、お母さんは給料上がりますよっていう知らせが来るだろうって首を長くして待っていたんだけれども、校長先生が古賀先生を呼びました。
で行ってみると、うちの学校にはお金がないから月給をあげられません。
しかし、延岡になら空いた口があります。
口っていうのは口ですけど、うーん...なんか仕事の時によく使われますね。今でも例えば「働き口を探す」働く場所、職を探すという意味ですね。
働き口がないって言ったら、働ける場所がない、仕事が見つからないという意味ですね。
そんな風に使われます。
はい。
延岡になら仕事があるから、そっちだったら毎月五円余分に、毎月五円、今よりも五円プラスしてお給料がもらえるから、
そちらのお望み通りでしょと思って、もうその手続きをしました。
だから、「延岡に働き口があるけどどうですか?」って相談せずに、もう決めてしまったんですね。
その後に告げられたということです。
はい、それを聞いて坊っちゃんもこう言いました。
じゃあ相談じゃない。
命令じゃありませんか。
もうね、決めてしまって手続きまで済ませた後に言っているんだから、それは命令したってことですね。
さよよ。
ちょっとこの「さよよ」っていうのはおそらく方言なんですけど、ちょっと調べたけど私もわからなくって。
まぁおそらく「その通り」「そうですね」みたいな意味じゃないかなと思っています?
古賀さんは他所へ行って月給が増すより、元のままでもええからここにおりたい。
屋敷もあるし、母もあるからとお頼みたけれども、もうそう決めた後で古賀さんの代わりはできているけれ仕方がないと校長がお言いたげな。
うらなり先生は、だったらお給料そのままでいいからここにいさせてくださいって言ったんだけれども、
もう決めてしまったからしょうがないです、行ってくださいと言われたんだそうです。
へん、人を馬鹿にしてら。
面白くもない。
じゃあ古賀さんは行く気はないんですね?
どうれで、通りで、ですね。
通りで変だと思った。
五円ぐらい上がったってあんな山の中へ猿のお相手をしに行く唐変木はまずないからね。
はい、宮崎をまた馬鹿にしています。
唐変木っていうのは、ま、人を蔑む言葉だそうです。
私は聞いたことないんですけど、ま、馬鹿にしてる言葉ですね。
唐変木って先生何ぞなもし。
何でもいいでさ。
全く赤シャツの作略だね。
作略、ま、策略のことですね。
作戦みたいなことですね。
良くない仕打ちだ。
まるで騙し討ちですね。
それで俺の月給を上げるなんて不都合なことがあるものか?
上げてやるったって誰が上がってやるものか。
騙し討ちというのは、相手を油断させておいて、大丈夫だと思わせておいて、気を抜かせておいて攻撃することです。
はい。
坊っちゃん怒ってます。
赤シャツがね、おそらくマドンナとのことがあるから、うらなり先生が邪魔でうらなり先生を追い出したくてやったんじゃないかときっと思ってるんですね。
まぁ坊っちゃんは曲がったことが大嫌いな真っすぐな性格ですから、
そんな理由で給料を、坊っちゃんの給料上げてやるって言われたってそんなのお断りだと言っています。
すると、下宿のお婆さんがこう言います。
先生は月給がお上がりるのかなもし?
上げてやるって言うから断ろうと思うんです。
なんでお断りるのぞなもし?
なんでもお断りだ。
お婆さん、あの赤シャツは馬鹿ですぜ。
卑怯でさ。
卑怯でもあんた、月給を上げておくれたら大人しくいただいておく方が得ぞなもし。
若いうちはよく腹の立つものじゃが、年を取ってから考えると、
もう少しの我慢じゃったのに惜しいことをした、腹立てたためにこないな損をした、「こないな」は「こんな」ですね。
こんな損をしたと悔やむのが当たり前じゃけれ、お婆の言うことを聞いて、
赤シャツさんが月給を上げてやろうとお言いたら「ありがとう」と受けておおきなさいや?
お婆さんは年の功ですね。
人生経験がありますから、長く生きていますからね、坊っちゃんにアドバイスをしています。
若い時はそうやってすぐ腹を立ててしまうけど、後から年を取ってから考えると
「ああ、あの時もうちょっと我慢しとけばよかったな」自分がね、すぐカッとなってしまって損をしたって後悔するものですよと。
もらっときなさいよ、という風にアドバイスをしています。
が、坊っちゃんは聞きません。
年寄りのくせに、余計な世話を焼かなくてもいい。
俺の月給は上がろうと下がろうと俺の月給だ。
婆さんは黙って引き込んだ。
爺さんは呑気な声を出して謡を歌ってる。
謡は能楽の歌のことでしたね。
いつもおじいさんは謡を歌っています。
謡というものは、読んで分かるところを、やに、やけに難しい節をつけてわざと分からなくする術だろう。
あんなものを毎晩飽きずに唸る爺さんの気が知れない。
俺は謡どころの騒ぎじゃない。
月給を上げてやろうと言うから、別段欲しくもなかったが、いらない金を余しておくのももったいないと思って
「よろしい」と承知したのだが、転任したくないものを無理に転任させて...これはうらなり先生ですね。
その男の月給の上前を跳ねるなんて不人情なことができるものか。
はい、本当は転任したくないうらなり先生を無理に転任させてまで、
そしてそのうらなり先生がいなくなったから浮いた分のこの上前ね、浮いた分のお金をもらってまで
自分の給料をあげるなんて、そんな不人情なこと、思いやりのないことは俺にはできないと言っています。
当人が、うらなり先生ですね、当人が元の通りでいいというのに、延岡下りまで落ちさせるとは、一体どういう了見だろう。
前も出てきたと思うんですけど、東京から離れることを下るといいます。
新幹線などでも下りの新幹線って言ったら、東京を起点にして北海道方面、九州方面に向かう新幹線を下りと言います。
逆に東京方面に向かう新幹線とか電車のこと上りって言います。
だから延岡は、今いる松山からさらに離れたところに、下ったところにありますから、延岡下りまで落ちさせるという表現を使っています。
どういう考えだ。
えーっと、太宰...これ、これちょっとアクセントが分かりませんが、太宰権帥でさえ、博多近辺で落ち着いたものだ。
これは、菅原道真という人のことを指しています。
菅原道真は学問の神様って呼ばれているんですけど、昔の人ですね、歴史上の人物です。
東京、江戸から、福岡の太宰府というところに飛ばされました。
左遷されました。
そして今、福岡には太宰府天満宮という大きな神社があって、そこは学問の神様が祭られている神社としてとても有名です。
菅原道真が祭られている神社ですね。
彼のことを言っているんですが、菅原道真でさえ、江戸から飛ばされて博多付近で...博多っていうのは、福岡の大きな街の名前です。
博多付近で落ち着いたし、河合又五郎、この人は私は知りませんが、これも昔の人ですね。
その人も江戸から遠くに飛ばされたけれども、相良で止まってるじゃないか。
相良という場所は、今の熊本県にある場所の名前だそうです。
その人たちでさえ、博多だったり、熊本までしか行かなかったのに、更に下った延岡まで行くなんて...と言ってるんですね。
ま、実際に地図を見ると、延岡よりもこの相良...相良...相良...という場所の方が更に下った場所にあるみたいです。
なので、坊っちゃんはちょっと位置関係を間違って言っているんですが、まぁどちらにしても、
延岡まで、あんな田舎の山奥まで行かされるなんてということを強調しています。
とにかく赤シャツのところへ行って断ってこなくっちゃ気が済まない。
小倉の袴をつけて、これは服のことを言ってます。小倉という場所で昔作られていた袴を身につけて、また出かけた。
大きな玄関へ突っ立って「頼む」「すみません」と言うと、また例の弟が取り次ぎに出てきた。
俺の顔を見て、また来たかという目つきをした。
用があれば、二度だって三度だって来る。
夜、夜中だって叩き起こさないとは限らない。
坊っちゃんはもう、こうだと決めたら、こうだと思い込んだら突き進むタイプの性格ですから、
用があれば2度だって3度だって来るし、夜中にね、用事を思いつけば、叩き起こすことだってあると言っています。
教頭のところへご機嫌伺いに来るような俺と見損なってるか。
弟は、ああ、また教頭先生のご機嫌を伺いに来たんだなって見損なってるかもしれないけど、悪く思ってるかもしれないけど、
実はこれでも月給が入らないから返しに来たんだ?
これ「入らない」って書いてますが、「要らない」ですね。
すると弟が、今来客中だ、お客さんが来てると言うから、玄関でいいからちょっとお目にかかりたい。
「お目にかかる」は会うという意味です。
と言ったら、奥へ引き込んだ。
足元を見ると、畳み付きの薄っぺらな、のめりの駒下駄がある。
薄っぺらい下駄、のめりの駒下駄っていうのは、下駄が、ちょっとこう斜めになっている。
前のめりになるような下駄のことを指しているんだそうです。
そんな下駄が置いてある。
そして奥で、部屋の奥で「もう万歳ですよ」という声が聞こえる。
お客とは野田だなと気が付いた。
野田公ですね。
野田でなくてはあんな黄色い声を出して、こんな芸人じみた下駄を履くものはない。
黄色い声っていうのは、子供とか女性が出すような甲高い声のことです。
すごいなんかかっこいい素敵な憧れの男性を応援したりする時に、「きゃー頑張って〜!」みたいな、そういう声を出しますね。
そういうのを黄色い声援って言ったりします。
男性アイドルを「きゃ〜」って応援する、その時の声を黄色い声援って言ったりしますね。
教頭先生にゴマすりをして「ああ、教頭先生、さすがです〜」みたいな、こういう声を出していたんでしょうね。
あんな黄色い声を出して、こんなまるで芸人のような下駄を履くのは、野田しかいない。
しばらくすると、赤シャツがランプを持って玄関まで出てきて、「まあ上がりたまえ。外の人じゃない。吉川君だ。」吉川君は野田のことですね。
と言うから、「いえ、ここでたくさんです。」ここで十分です、ここでいいです、「ちょっと話せばいいんです。」と言って、赤シャツの顔を見ると金時のようだ。
野田公と一杯飲んでると見える。
金時っていうのは、皆さん、日本の昔話で金太郎って知ってますか。
多分金太郎の動画を作ったことがないですね、私。
とても有名な昔話なんですけど、その金太郎の名前が金時、本名が金時って言うんですね。
で、金太郎ってこう赤いのを着てるんですよ。金太郎といえば赤なんですね。
なので顔が赤いことを、金時みたいだ、金太郎みたいだっていう風に表現しているみたいです。
だから一杯飲んでるっていうのは、お酒ですね。
お酒を飲んで顔が赤くなっている。
さっき僕の月給を上げてやるというお話でしたが、少し考えが変わったから断りに来たんです。
赤シャツはランプを前へ出して奥の方から俺の顔を眺めたが、とっさの場合返事をしかねて呆然としている。
とっさのっていうのは、いきなりのことっていう意味ですね。
さっきは月給あげますよっていう話を承知していたのに、急にね、断るって言いに来たので、
ちょっとびっくりして、急なことで、とっさのことでびっくりして、返事をせずに呆然と、ぼーっとしている。
増給を断るやつが世の中にたった一人飛び出してきたのを不審に思った、おかしいな、怪しいなと思ったのか、
断るにしても今帰ったばかりですぐ出直してこなくても良さそうなものだと呆れ返ったのか。
または双方合併したのか、妙な口をして突っ立ったままである。
突っ立ったまま。
坊っちゃんのことを不審に思ったのか、呆れているのか、もしくはその両方が合わさっている感情なのか、赤シャツは突っ立っていました。
呆然として立っていました。
はい、次です。
あの時承知したのは、古賀君が自分の希望で転任するという話でしたからで。
古賀君は全く自分の希望で半ば転任するんです。
そうじゃないんです。
ここにいたいんです。
元の月給でもいいから郷里にいたいのです。
郷里、ふるさと、地元ですね。
君は古賀君からそう聞いたのですか。
そりゃ当人から聞いたんじゃありません。
じゃあ誰からお聞きです?
誰から聞いたんですか?
僕の下宿の婆さんが古賀さんのお母さんから聞いたのを今日僕に話したのです。
じゃあ下宿の婆さんがそう言ったのですね。
まぁ、そうです。
それは失礼ながら少し違うでしょう。
あなたのおっしゃる通りだと、下宿屋の婆さんの言うことは信ずる、信じるが、
教頭の私の言うことは信じないというように聞こえるが、そういう意味に解釈して差し支えないでしょうか。
下宿屋の婆さんのことは信じるけど私のことは信じないんですね。
そういう風に理解していいですか。
ちょっとこう、理詰めでね、来ましたね。
俺はちょっと困った。
文学士なんてものはやっぱり偉いものだ。
文学士はすごいな。
妙なところへ拘ってネチネチ押し寄せてくる。
俺はよく親父から、貴様はそそっかしくてダメだダメだと言われたが、なるほど少々そそっかしいようだ。
そそっかしいというのは、あまり深くちゃんと考えないで行動するような人ですね。
落ち着きがなくて、うーん...軽率、不注意な人のことをそそっかしいと言います。
婆さんの話を聞いて、はっと思って飛び出してきたが、実はうらなり君にもうらなりのおっかさんにも会って詳しい事情は聞いてみなかったのだ。
確かに坊っちゃんは、ちゃんと裏を取らないで、うらなり先生やそのお母さん本人の話をちゃんと聞かずに、
お婆さんの話だけ聞いて、それを全部鵜呑みにして、あ、断らなきゃって言って慌てて断りに来たんですね。
なので、ああ、確かにそそっかしなかったなと思っています。
だからこう文学士流に斬りつけられると、ちょっと受け止めにくい。
文学の学士を持っている教頭先生は、言葉巧みに「こういうことなんですね、私のことは信じられないんですね」っていう風に
こうパシッとね、斬りつけられる、こうパシッと言われると受け止めにくい。
正面からは受け止めにくいが、俺はもう赤シャツに対して不信任を心の内で申し渡してしまった。
もう信じていないんですね。
下宿の婆さんもケチん坊の欲張り屋に相違ないが、ケチで欲張りなばあさんには違いないけれど、嘘はつかない女だ。
赤シャツのように裏表はない。
正直だ。
俺は仕方がないからこう答えた。
あなたの言うことは本当かもしれないですが、とにかく増給は御免蒙ります。
結構です。
それは益々おかしい。
今君がわざわざおいでになったのは、増俸を受けるには忍びない理由を見出したからのように聞こえたが、
その理由が僕の説明で取り去られたにもかかわらず、増俸を否まれるのは少し解しかねるようですね。
坊っちゃんは、給料をもらうわけにはいかない、増給してもらうわけにはいかない理由に気づいたから、わざわざ来たんですよね。
でも教頭の説明でその理由がなくなったにもかかわらず、それでもまだ断るっていうのはちょっと理解できません。
解しかねるかもしれませんがね、とにかく断りますよ。
そんなに嫌なら強いてとまでは言いませんが、そう2、3時間のうちに特別の理由もないのに豹変しちゃ将来君の信用に関わる。
そんなに昇給が嫌なんだったら、強いて...絶対にとは言いません。
強制はしませんけど、そんな二、三時間で「豹変する」というのは、すっかり変わるということですね。
意見がすっかり変わるようじゃ、ちょっと信用に関わります。信用できなくなりますよ、と言ってます。
関わっても構わないです。
別にいいです。
そんなことはないはずです。
人間に信用ほど大切なものはありませんよ。
よしんば今一歩譲って、下宿の主人が。
よしんばという言葉、初めて聞きました。
昔の言葉で、「たとえそうだとしても」みたいな意味だそうです。
一歩譲って。
一歩譲るっていうのは、ちょっと自分の意見、主張をちょっと下げて、ちょっとこう相手の意見に歩み寄って、という意味ですね。
うん、だからこれは多分、教頭が、「たとえ私がちょっとあなたの意見に少し歩み寄って、下宿の主人が...」
と言いかけたところで、主人じゃない、婆さんですと、坊っちゃんが言いました。
どちらでもよろしい。
主人でも婆さんでもどっちでもいい。
そんなことはどうでもいいんだ。
下宿の婆さんが君に話したことを事実としたところで、君の増給は古賀くんの所得を削って得たものではないでしょう。
所得は給料のことですね。
古賀君は延岡へ行かれる。
その代わりが来る。
その代わりが、代わりの先生が古賀君よりも多少低給で、安いお給料で来てくれる。
その剰余、余った分を君に回すというのだから、君は誰にも気の毒がる必要はないはずです。
申し訳ないな、かわいそうだなと思う必要はない。
古賀君は延岡でただ今よりも栄進される、昇進するんですね。
給料も上がるし。
新任者は最初からの約束で安く来る。
それで君が上がられれば、君の給料が上がれば、これほど都合のいいことはないと思うですがね。
これほど都合のいいことはないと思いますけどね。
嫌なら嫌でもいいが、もういっぺん、もう一回うちでよく考えてみませんか。
俺の頭はあまり偉くないのだから、あまり頭が良くないから、いつもなら相手がこういう巧妙な、よく考えられた上手な弁舌を振るえば、
うまい言い方をすれば、「おや、そうかな、それじゃあ俺が間違ってた」と恐れて引き下がるのだけれども、今夜はそうはいかない。
ここへ来た最初から、ここへ来た最初っていうのは、ここに赴任してきた時ということですね。
その時から赤シャツはなんだか虫が好かなかった。
虫が好かない。
気に入らない。
赤シャツは、なんか気に入らなかった。
途中で親切な女みたような、女のような男だと思い返したことはあるが、
それが親切でも何でもなさそうなので、反動の結果、逆に、今じゃよっぽど嫌になっている。
だから先がどれほどうまく論理的に弁論を逞しくしようとも、堂々たる教頭流に俺をやり込めようとも、そんなことは構わない。
先というのはここでは、相手、つまり赤シャツのことを言っています。
赤シャツがどれだけロジカルに、論理的に色々言ってきても、俺をやり込める、言いくるめようとしても、そんなことは構わない。
議論のいい人が善人とは決まらない。
ロジカルに言葉のやり取りがうまい人が善い人とは限らない。
やり込められる、言いくるめられる、うまいこと言われて「ああ、そうか、なるほど、確かにそうだな」って
やり込められてしまう、言いくるめられてしまう方が悪人とは限らない。
表向きは、外では赤シャツの方が重々もっともだが、表向きがいくら立派だって腹の中まで惚れさせるわけにはいかない。
表向きでは立派に見えても、腹の中というのは心の中、性格とかですね、まで好きにはなれない。
金や威力や理屈で人間の心が買えるものなら、高利貸しでも巡査でも大学教授でも、一番人に好かれなくてはならない。
高利貸しというのは、高い利息をつけてお金を貸す人のことです。
例えば銀行から100万円お金を借りたら、100万円返すんじゃなくて、それに利息、利子が上乗せされて、ちょっと多めに返さなくちゃいけませんよね?
高利貸しっていうのは、その利子または利息を、たくさん上乗せして人にお金を貸すことです。
巡査というのは、これは警察のことを指しています。
大学教授。
高利貸しの人はお金がありますね。
巡査、警察は力を持っていますね。
そして大学教授は理屈で物事を考える、頭がいいですね。
金や威力や理屈で人間の心が買えるのなら、高利貸しや巡査や大学教授が一番人に好かれるはずだ。
でもそうじゃないですよね?
だから坊っちゃんは、金や威力や理屈では人の心は買えない。
人に自分を好きにさせることはできないと言っています。
中学の教頭ぐらいな論法で、俺の心がどう動くものか。
中学の教頭程度のそんな論法、話し方じゃ俺の心は動かない。
人間は好き嫌いで働くものだ。
論法で働くものじゃない。
論法なんて意味がない、その人が好きか嫌いかどっちかだと言っています?
あなたの言うことはもっともですが、確かにそうかもしれないですが、僕は増給が嫌になったんですから、まあ断ります。
考えたって同じことです。
さようなら。
と言い捨てて門を出た。
頭の上には天の川が一筋かかっている。
はい、ということで、今日はここまでです。
続きはまた次回、一緒に読んでいきましょう。